争点らしい争点もないままに参議院選挙が終わり、政治の季節は過ぎ去ったような気持ちになっていたが、こんどはアメリカの経済があきらかに変調をきたしはじめた。いや、そんなことはとっくに分かっていたのだが、トランプ大統領の勢いに圧倒されて、国際経済の鉄則もかすんだかにみえていただけのことである。いま目にしているのは、来るべくして来たものにすぎない。ここに再掲載するのは、かなり前のもの(2018年10月15日付)だが、内容的にあまり古くなっていないところが、悲しいといえば悲しい。【以下再掲載】
安倍晋三首相は、10月15日の午後、臨時閣議を開いて、来年10月から消費税を8%から10%に引き上げる方針を正式に表明した。これはショックを緩和するため、早目に対策を提示することが目的だと言われ、すでに、引き上げの場合の対策費が軒並みならんでいるが、いまの日本および世界の状況を見誤っていないだろうか。
まず、報道によれば安倍首相は「アベノミクスの成果でデフレ脱却を実現しつつあり、様々な増税対策を総動員すれば個人消費の落ち込みは抑制できると判断した」とのことだが、たしかにインフレ率マイナスからは脱却したものの、インフレ率は低迷を続けており、とても当初の目標だったインフレ率2.0%が実現しつつあるとは思えない。それなのに、消費税増税はやるというのだ。
また、消費税引き上げによるショックの緩和とか対策というのが、あまりにご都合主義的すぎる。軽減税率はともかくも、昨年、衆議院選挙の直前になって急に言い出した、教育無償化というプランもひどいものだった。今回提示されている、中小小売店でクレジットカードを使用する場合の2%還元という案も、とても十分に熟慮したものとは思えない。
教育無償化案からみてみよう。5.6兆円とされていた増税による増収分のなかの4兆円は財政赤字対策に使うことになっていたのに、そこから1.7兆円を無理やり引き出し、さらに3000億円を加えて2兆円の規模のプランにするというものである。しかし、すでに教育費は親の収入に応じた負担となっているので、これでは高収入家庭への優遇処置になってしまうという批判もある。
同様にクレジットカード2%の還元案もひどいものだ。いま小売でのクレジットカード決済は売上全体の2割弱に過ぎない。中小小売業の場合の使用率ははるかに少ない。政府関係者は「だから、この措置でクレジットカード決済の普及を促す」と煽っているらしいが、もはや本末転倒というべきで、話の順序が逆ではないのだろうか。
そもそも、消費税の引き上げは財政赤字を削減するためとされていたものであるのに、いつのまにかすっかり自民党のバラマキ政策財源になってしまっている。これまで2回にわたり引き上げを延期しているので、今回は延期したくないのは分かるが、このまま消費税増税に付き進めば、これらのショック緩和策は効かず、必ずや経済を再び停滞させるだろう。
そして何より、そんな辻褄合わせのバラマキ政策を、いまやっていてよいのか真剣に考えれば、背筋が凍りつく思いをするはずである。他でもない、安倍首相が信頼しているらしいアメリカのトランプ大統領は、米中経済戦争を継続するだけでなく、日本にも過大な譲歩を要求してくるのが確実だ。
トランプ大統領は、中国がモノをアメリカに大量に売っているのに、アメリカの製品はあまり買ってくれないのはけしからんといって、無謀な経済戦争を始めてしまった。しかし、中国に入ったお金は、結局のところアメリカに還流して、アメリカのAI産業や金融産業の資金になるというのが国際経済である。その循環を壊せば自分たちも結局は損をする。
この経済戦争は、トランプが国内の支持者を引きつけるために、深い考えなしで始めたものにすぎない。その先にあるのは、アメリカの圧倒的勝利などではなくて、よくて相討ちである。景気維持のための財政拡大で中国の不動産バブルが崩壊するのか、トランプ景気の限界が明白になりアメリカの金融バブルが弾けるのか、いずれにせよ破綻がやってくる。そしてそれは日本にも波及してこざるをえない。
すでにアメリカの金利は上昇し、株価も乱高下するようになっている。今の世界経済はいくつもの爆弾を抱えており、そのどれが爆発するか分からない状態なのだ。日本が身構えるべきなのは爆発後の日本と世界の惨憺たる事態であり、たんなる辻褄合わせのための増税による効果の薄いバラマキなどではないはずである。(2018年12月22日付通信文化新報に加筆)
【以上、再掲載】こうやって振り返ると、政府与党の狙いというのは(ちゃんとした狙いがあっての話だが)、ともかく消費税増税はやってしまい、そのマイナスの影響を緩和すると称して、選挙民にたいしてバラマキを約束することだったらしい。「わたしは消費税増税反対してますよ、でも、やると公約してしまっているのでしかたがない。その代わり、皆さんにはちゃんと対策費が回って来ることを保証します」というわけだ。
興味深いのは、MMT(現代貨幣理論)とかいう、アメリカから持ってきた経済学の新理論の提唱者たちで、「いくらでも財政出動できるから、安心してください。わたしが、ちゃんと安倍首相を説得しますから」といっている政治家およびブレーンたちである。報道を丹念にチェックして、さらにあれこれ分析してみると、この種の連中は心の底からMMTを信じているのではなくて、MMTの尻馬に乗って騒げば、自分たちがそれまで対立してきた政策アドバイザーや経済評論家たちを、へこませることができると考えているらしい。
なんとも殺伐とした風景が広がっているわけだが、しかし、アメリカの経済減速やそれに影響を受けた日本の株式下落を見ていれば、ほんとうにそんな悠長なことををやっていていいのかと心配になる。金融・証券市場などの研究でノーベル賞を受けた経済学者ロバート・シラーが開発した「シラーPER」という指数は、これまでITバブルの崩壊と住宅バブルの崩壊を的中させたが、これは指数が25を超えると危険水域となる。今回のアメリカの指数はすでに40を超えている。だから、このシラーPERがそこそこ正しいとすれば、暴落とならずともかなりの下落をするのは確実なのである。
こういった株式市場の高騰は、なんらかのショックを受けると、たちまち下落に転じるのは、むかしから見慣れた光景である。さて、今回のショックは何かと考えてみれば、やはりそれはトランポノミクスの行き詰まりと東アジア情勢の悪化だろう。そして、この2つはいまや最終段階に入りつつあるといってよい。
したがって、いますぐにやらねばならないのは、いまある制度やコンセンサスのなかでの景気低迷への緊急対応策であって、もう無能が明らかになったインフレターゲット政策ではなく、また、本人たちもよく分かっていないMMTなどは、導入しても意味がないどころか危険きわまりない。これまでのケースを思い出してみても、日本政府の対策がつねに後手後手に回るのは、何かすごい対策や正しい理論があるのではないかと逡巡するからで、問題は対策や理論の新奇さではなく、対策の速効性につきるといってよい。
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