HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

秋風の吹くMMT;正体が分かってみれば猫マタギ

日本のMMT(現代貨幣理論)のファンたちは、公式入門書といわれるL・R・レイ『現代貨幣理論』の翻訳が出たので、MMTに対する批判が姿を消したなどといっているらしい。しかし、現実はまったく逆で、いよいよMMTのブームも秋風とともに下火になりつつあるようだ。

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文句を言わなくなったのは、翻訳を手にしてみたけれど、お手軽に書かれた日本人による入門書に比べると、何を言っているのかさっぱりわからず、批判の材料すら見つけるのが面倒くさいと思ったのかもしれない。あるいは、ちゃんとした理論書かと思っていたら、酒場で自慢げに「政府はいくらでも金が出せる」「財政赤字はないと同じだ」と論じていた酔っ払いと同じことしか書いてないので、あきれ果てたのではないだろうか。

簡単に私の感想を述べておけば、翻訳が出て寝っ転がって読めるようになると、最初から希薄だった有難味もオーラもまったく感じられなくなり、薄っぺらな断言癖のプロパガンダ本という印象しか残らない。だいたい現代貨幣の起源というのが、古代オリエントの帝国が哀れな農民に暴力的に課した税金だというのだから、ほとんどしらける。

この起源論のおかしさは、すぐに分かるだろう。かわいそうな農民が租税を払えないと、古代帝国の税吏は「これはお前の負債だ」と言ったかも知れないが、だから、負債が現代貨幣の起源なのだといわれると「え?」と思ってしまう。なぜなら、現代貨幣は負債だとされていても、それは中央銀行による国民からの負債(借り;IOU)という意味だが、この公式入門書の起源論では、古代帝国が農民に科す負債(罰;Schuld)ということになりかねないのである(MMTの懐疑的入門(13)同じく(14)を参照のこと)。

MMT理論家たちが依拠するといわれる「内生的貨幣供給論」についても、もう少していねいな説明があるかと思うと、まったくない。中央銀行が目標金利を達成するために国債を売るのは「内生的」であり、政府が国債を発行するのは貨幣が増えるから「外生的」に見えるかもしれないが、やはり金融市場での金利操作に使われるから「内生的」なのだなどと、およそ内輪の連中にしか関心がないし、また内輪じゃないと分からないことを、ごそごそ言ってみせているだけなのだ。

そんなことよりも、政府がいくら貨幣を刷っても大丈夫だという根拠を明解に言ってくれよと思っていると、すでに耳にタコができたような「インフレの可能性はある」「資源も限界になる」などと述べるだけ。そのいっぽう、もうひとつの売り物である「国債中央銀行が買えばいい」というお話についても、「国債は償還期がくれば準備預金に置き換えられる」といって済ませている。

つまり、中央銀行保有国債は償還期がくれば資産側で「準備預金」になるのだが、それを「債務問題は終わりを迎える」とあたかも消滅するかのようにほのめかす。そうじゃないだろ、償還期がきたら中央銀行のバランスシートに破綻がないように、議会の承認を得て借換えをする。たとえば、借換えのための割引短期国債を発行するとか、民間銀行を通じて新発国債を購入するとかである。つまり、政府の負債であることは変わりないのだ。

ある月刊誌で破綻したはずのインフレターゲット論者が2人、やはりインフレターゲット論者の野口旭氏のMMT批判について語っていたが、これがほとんどデタラメだった。「詳しくは野口さんの記事を読んでもらいたいが」と言いつつも、MMTは「雇用というものを考えていないから」、などと言っているのは、いくらなんでも野口氏に失礼だろう。

 たしかに、野口氏はポール・クルーグマンなどと同じように、MMTの議論をニューケインジアンの分析法に移して論じているため、かならずしも有効な内在的批判にはなっていない。とはいえ、「雇用保障制度(ジョブ・ギャランティー)」を目標として掲げるMMTについて、入門書と教科書をちゃんと読んで論じた野口氏の尻馬に乗って、な~んにも読んでないやつが、MMTは「雇用というものを考えていない」と見当違いの解説するのは、いい度胸をしているというか、インタゲしか知らないというか(ま、この程度のレベルだったんだね)。

 この対談では、MMTのマドンナであるステファニー・ケルトンが「日本のMMT論者を『破門』した事件がありました」などと意味ありげに語っているが、なんとも話題が古く、情報貧血症としかいえない。そもそも、ケルトンが来日したとき、さかんにシンポジウムに参加して秋波を送り、日本の財政赤字は怖くないという議論に誘導しようとして袖にされた浜田宏一先生は、あなたがたインタゲ論者たちの「お神輿」さまだったはずである。

 この「破門」という話は、すでに広く流布したことだが、ケルトンは自分を日本に呼んでくれた人物や団体が「保守派」だとは知らず、なかにはかなりの右派もいるということを後から知って、講演録の掲載を断ったという椿事のことである。付け加えておくと、アメリカのMMTサークルでは、日本でMMTを中心的に推奨しているのが、筋金入りの「保守派」たちだったということに気がついて、かなり神経質になったという話がある。

 それはそうだろう。対談者は「破門」されたのが誰のことか触れていないが、どうかんがえても社会主義的なMMTという理論を、大騒ぎで普及させようとしているのが、いわゆる保守思想一派だと自称している連中だと分かったら驚くのが普通だろう。L・R・レイは入門書で、MMTは中立だと書いているが、そのいっぽうで自分が自他共に認める進歩主義寄りであることを表明しており、MMTそのものも全体のロジック、民主主義について認識、あるいは雇用保障制度の議論をみれば、古くて饐えたような左翼臭は否定すべくもない。

前記の対談でもうひとつ間違っているのは、編集部がMMTはアメリカのバニー・サンダース上院議員たちが支持していると付記しているが(現代貨幣理論を原題貨幣理論と表記しているのは洒落のつもりかな?)、これも情報があまりに古すぎる。もう3カ月以上もまえに、サンダースは事実上、MMTを採用しないことを明言しており、アメリカ政界ではMMTの議論はすでに下火になっている。いちおう名の知られた政治家でハッキリと支持しているのが、ぶっとんだグリーン主義者のオカシオコルテス嬢だけというのだから、秋風も沁みるというものである。

日本におけるMMTの支援運動というのは、そのほとんどがMMTに対する信仰心のような感情をもった若者たちと、理論そのものには何の興味もないが土木的な景気浮揚策を勝ち取ろうとしている脂ぎったオッサンたちの、実に奇妙なアンサンブルからなっている。こんな組み合わせをイメージしながら、まだよく詰めていない「理論」を振り回して悦にいっているアメリカの田舎大学教授が書いた入門書は、果たして読むに値するのだろうか。

 

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