HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

和牛の精子と卵を守るそうだ;でも飼育する農家は激減している

農林水産省は和牛の海外への流出を防ぐため、交配に使われる精液や受精卵の転売などを規制する方針だという(日本経済新聞12月8日朝刊)。ちょっと遅すぎると思うが、何もしないよりはいい。しかし、他にも、もっとやるべきことがあるのではないのか。アメリカの圧力に屈して米国産牛肉をどんどん輸入するようになれば、そもそも和牛を育てる農家が消滅してしまうだろう。これはけっして冗談ではない。

f:id:HatsugenToday:20191208182734j:plain


サイト「コモドンの空飛ぶ書斎」に投稿した「TPPの現在(3)米韓FTAからの警告」を読んでいただいたかたはご存じだろうが、米韓FTAが発効してからというもの、韓国では「韓牛」の肥育農家が急速に減少している。しかも、安い米国産が急激に流れ込んでくるいっぽう、高価な韓牛の価格はさらに上昇しているのに、畜産農家だけが急減しているという現象が起きているのだ。

f:id:HatsugenToday:20191208181847j:plain

 (柳京煕「米韓FTAは韓国農業と経済全体に何をもたらしたか」より)

 

韓国では牛肉の消費が伸びていたから、その延長線上に起こった現象と考えられないこともないが、飼養頭数が下落しているのに生産金額は急上昇している。それならば、将来を見越して参入がさかんになってもおかしくないが、まったく逆なのである。つまり、いまはビジネスチャンスがあるように見えても、将来的には韓牛の飼養は希望が持てないと判断している可能性が高い。

f:id:HatsugenToday:20191208181958j:plain

(品川優『米韓FTA 日本への示唆』より)


さて、気になるのは日本の和牛である。ここでは和牛と韓牛のどちらが旨いかという問題は措いておく。これもグラフで見てみよう。昨年、牛肉専門家の千葉祐士氏が「東洋経済ON LINE」2018年4月3日付に「『和牛』価格が超高騰しているせつない事情」を掲載して、和牛の仔牛価格が2倍になったが、半面、繁殖農家が激減しており、せっかくの和牛ブームが「せつない」ものになっていると指摘していた。

 

f:id:HatsugenToday:20191208182147p:plain

(千葉祐士「『和牛』価格が超高騰しているせつない事情」より)


千葉氏はこの超高騰のきっかけは東日本大震災(2011年3月)ではないかと示唆しているが、同じ時期に日本がTPPに参加する話がクローズアップされ、日本の和牛肥育農家に衝撃を与えている。どちらかということではないが、韓国の韓牛の例を合わせて考えるなら、たとえ和牛および牛肉が当面はブームに沸いても、将来への希望がなくなれば肥育農家は減るのが当然ではないだろうか。

f:id:HatsugenToday:20191208182228p:plain

(千葉、同上)


日本の場合、農畜産業振興機構のデータを付け加えておくと、高価格帯の牛肉も低価格帯の牛肉も同じ様に2011年から価格が上昇している(しかも、高価格帯の上昇率が高い)。これは東日本大震災をきっかけにしていると同時に、急に登場してきたTPP参加問題の影響が大きいと、私は考えているのだが、どうだろうか。

f:id:HatsugenToday:20191208182300j:plain

(alicのデータに基づいて作成)

 

もちろん、両国とも農家の高齢化と後継者問題を抱えているから、自然に畜産農家が減ってしまっているという側面もあるが、それならばなぜ、沸き立っている高級牛肉市場を目にしながら、他の分野から牛の飼育に参入しないのだろうか。やはり、これは米国産を大量に受け入れることで、日本での牛の飼育は将来性がないと見なされるようになったのではないのか。

和牛の精子や受精卵の中国への持ち出しが指摘されてマスコミをにぎわしたが、当然、それは予測されたことだった。さんざん持ち出されてから規制しようといっている政府はずいぶん呑気だと思うが、精子と受精卵だけを守れば和牛が輸出品として維持できると考えているとすれば呆れるほかない。

アメリカから大量の牛肉が入って来ることを是認し、精子と卵は確保するといういっぽう、育てる農家が激減することを放置しているというのは、はっきり言って間抜けな話ではないか。この話はデータの読みだけでなく、もっと細かく実態について考えてみなければならないので再説するか補足するつもりだ。サイトのほうでももう少し詳しくやりたい。

【追記】

12月10日、安倍政権は2018年度に14.9万トンだった和牛生産量を、35年度に30万トンにするという計画を発表した。和牛が内外でブームだからだそうだが、和牛を飼育する農家が急速に減少しているのだ。それは、安倍政権の農業政策じたいが、農業が理解できず農家を軽視しているからだ。この倍増計画とやらも、まったくご都合主義的なもので、このままでは和牛の価格を高騰させるだけの話だろう。

 

 ●こちらもぜひお読みください

TPPの現在(3)米韓FTAからの警告

hatsugentoday.hatenab