HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

米国はイランと戦争するのか;論じられない2つのファクター

トランプ大統領のソレイマニ司令官暗殺に対して、イランのイスラム革命防衛隊イラクの米軍のアル・アサド基地を攻撃して、本格的な戦争への予感が世界を覆っている。すでにイラクはこの攻撃がアメリカへの「報復」であることを表明している。1月8日の東証は再び600円以上の下落を記録している。

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AFP.comより


 ソレイマニ司令官の息のかかったものと思われる、イラク軍基地のアメリカ軍兵士への攻撃が繰り返されていたとはいえ、なぜ、この時期にトランプがソレイマニ司令官暗殺に踏み切ったかについては、さまざまに論じられている。ただ、ひとつ、あるいはふたつほど、あまり注目されない論点があるので、簡単に述べておきたい。

 まず、頻繁に指摘されている理由を確認しておこう。弾劾裁判が予定されているトランプは、ここで軍事的行動によって国民の注目をひきつけ、今年秋の大統領選挙に向けて一気に支持率を高めようと考えたのだという説は有力だ。かつて各種の疑惑に直面したクリントン大統領が、突如ソマリア出兵を決断したことがあげられる。また、湾岸戦争のさいに支持率が89%に達したブッシュ(父)大統領の例もある。

 しかし、弾劾は上院において共和党が多数派であるだけでなく、弾劾が成立するには3分の2の賛成が条件となる。いまの状況では、とても無理だろう。ということは、ひとつ転べばブッシュ(息子)のような批判を被るリスクのある戦争に、あえて踏み切るほどの理由ではないのではないだろうか。たしかにプライドは傷つけられるかもしれないが、そのバランスとしてはリスクが大きすぎる。

 もうひとつ指摘していいのは、北朝鮮との交渉が暗礁に乗り上げたことから、こんどは中東でのパフォーマンスで国民を引っ張っていこうとしているという指摘である。日本ではトランプが本気になれば、すぐにでも北朝鮮は屈服するといった論調の新聞すらあったが、核兵器保有が前提となった場合には、既有国はそんなに簡単に膝を屈するわけがないというのが世界の常識である。事実、金正恩核兵器開発の継続を宣言してしまっている。

 この理由も有力だが、それが決定的だったのかといえば、どうも決め手に欠ける。北朝鮮との交渉は、元補佐官だったボルトンなどの強硬派を除けば、トランプ政権にとっては外交パフォーマンスのひとつで、簡単に北朝鮮核武装を放棄すると信じていたとは思えない。北朝鮮との交渉を行っているというパフォーマンスが、だめになったからといって、もっと複雑な中東でのスタンドプレーを始められるほど世界は甘くない。

 事実、アメリカ軍関係者は中東政策の選択肢をトランプに提示するさいに、好ましいと思われる選択肢に目を向けさせるために、わざとソレイマニ司令官暗殺(欧米の報道機関はアサシネーションという言葉を使っているのでそれに従う)という選択肢を入れていたという。しかも、最初はこの選択肢は最初即座に蹴ったのに、後から急に暗殺を蒸し返したという話がある。

 ここでもう少し想像力をたくましくしたいのだが、トランプは欧州諸国を加えてイランとの間に締結した「核合意」については以前より批判的で、この合意からは他国に断らずに離脱してしまった。しかし、そのためイランは次第に核開発にドライブをかけていると伝えられていた。

 そもそも、核合意は長期的にみればイランの核保有を阻止できないとキッシンジャーも言っていた取り決めであって、危うい部分があった。しかし、いざ離脱してみると、たちまちイランの核開発が、目に余るものになってしまったのではないだろうか。

 こうした状況を勘案すれば、トランプへのイランへの強行策を要請するのは、アメリカ国内の強硬派だけでなく、イラクによってアメリカと並んで仮想敵とされるイスラエルを除外しては考えられない。トランプ政権には親イスラエル系のユダヤ人脈が強いことは、いまさら指摘する必要はないだろう。

 こうした視点は、欧米での中東問題の専門家の間ではけっして珍しいものではない。そもそも、ソレイマニ司令官暗殺直後のイランによる非難には、アメリカと並んでイスラエルが対象となっていたのである。いまの段階でイランの核開発の状況とイスラエルの動き、そしてその関連を論じないわけにはいかないはずである。

 たとえば、共和党系といわれる外交誌『ナショナル・インタレスト』の電子版に、元国防次官のドヴ・S・ザックハイムが「アメリカはイランとの戦争には踏み込まないかもしれないが、イスラエルは違うだろう」という、意味ありげな論文を寄せている。

 「イスラエルとイランとの戦争が現実化するなかで、トランプはイスラエル側につくという選択肢以外はなくなったことに気がつくだろう。そうなれば、トランプが避けたいと思っていた中東の紛争介入に、アメリカを巻き込むことになる」

 イスラエルは中東において他の国が核武装することを激しく嫌悪している。1981年には核開発を続けていたイラクの原子炉を突然、アメリカには告げずに爆撃したことがあった。嫌悪はいま、ますますつのっているように見える。かつては核保有を非公開にしていたが、すでに政府高官が公言するようになっていることからも、それは十分に推測できる。

●なお、経済に対する影響については次をご覧ください

今のバブルはいつ崩壊するか(コモドンの空飛ぶ書斎)