HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

日本が「可」でアメリカが「良」だって?;エコノミスト誌のコロナ対策評価はおかしくないか

経済誌『ジ・エコノミスト』の研究部門EIUが6月17日に発表した「OECD諸国のコロナ危機対応はどれくらい評価されるか」というレポートでは、「優・良・可・不可」で評価すると、日本は「可」でアメリカが「良」だというので話題になっている。

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 最初に思ったのは、英国が「不可」でスウェーデンが「可」というのは当然としても、日本が同じレベルの「可」であるのはおかしいということで、何より呆れたのはアメリカが「良」という評価だった。独自路線を貫いているようなふりをして、『ジ・エコノミスト』はトランプに忖度したのか、と一瞬思ったほどである。

 もちろん、このレポートの評価方法がどうなっているんだと思ったので、さっそくダウンロードして見てみたら、何のことはない、かなり荒っぽいやり方で点数化したものだと分かった。とりあえずの中間報告だとしても、ちょっと荒い、あるいは太いというしかない。しかし、まあ最初の試みなのだから「こんなものか」と思って捨てておいた。

 ところが、友人などに話すと興味を持つ者がけっこういる。また、新聞や通信社などの報道が、日本の「可」を当然としているのに(安倍政権批判にもなるからだろう)、アメリカの「良」の不思議さには言及しないものがほとんどだった。そこで、このブログで簡単に概要を述べておくのは、悪いことではないと思うようになった。ちゃんと評価基準や点数のつけ方を公開しているのだから(これは専門委の議事録を取らなかったどこかの政府とは大いに違う)、それぞれが評価の再考をすればいいことだ。

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まず、方法論から述べておくと、評価基準は1)免疫テストの実行率、2)癌関連の手術延期率、3)100万人あたりのコロナ死亡者数、4)肥満の割合、5)65歳以上の割合、6)滞在外国人の割合である。1)から3)までを「対応のクオリティ」、4)から6)をリスク要因として、1から4までの点数をつける。

 注意すべきはクオリティの場合には点数が高いと「対策のクオリティが高い」ということになるが、4)から6)の場合に点数が高いと「こんなマイナス要因があったのに頑張った」というニュアンスになる。したがって、1)について日本は検査数がめちゃくちゃ低いので1という低い点数になってしまい、4)についてアメリカは肥満のヒトが大勢いるので4という高い点数をもらうことになる。

 こうしたやり方で6つの基準の数値を単純に合計して、その単純平均で計算して日本は2.89ぽっちだが、アメリカは3.11なんて評価をもらうことになるわけである。どうでもいいことだが、この方法論を並べたページの項目ナンバリングが、発表から数日たっているのにまだ間違っていたりする。こんなところにも、EUIのあわただしい作業を思わせるところがあって、いってしまえば「突っ込みどころ満載」(ああ、いやな言葉だ)というしかない。

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ちなみに、評価基準の3)の死亡率にかんして、excess death を使っているが、これはそれまでの一定期間の死亡者数の平均を上回る数値をコロナによる死者数とみなすという統計技術的な用語で、これについては速水融の『日本のスペイン・インフルエンザ』などをお読みになった方にはおなじみだろう。この数値は他の要素によってブレることも知っておく必要がある。もちろん、『ジ・エコノミスト』も記事のなかでしっかりと説明している。

 最後に、こうした方法論から出てくる評価について簡単な感想を述べておこう。まず、評価基準のプラスのファクターとマイナスのファクターのバランスがおかしくないかということである。直感的にはアメリカが「良」なんていう結果は、世界のコロナ対策で苦労している人たちに対する冒瀆ではないかと思う。アメリカはマイナスのファクターで点数を稼ぎすぎている。

 また、その裏返しで日本の「可」というのは、免疫検査を極端に少なく抑えたことから、死亡者数からすればとても信じられないものになっている。検査数を抑えたのは「陽」と判断された人たちが病院に殺到して、医療崩壊を起こすことを阻止するためだったという説がある。こうした戦略が最終的に正しかったとしたら、この「可」はないことになるだろう(正しいと証明できるとするのは、かなり希望的だが)。

 さらに、やはり考えておかねばならないのが、これを1年あるいは2年というスパンで見たときには、別の評価が出てくる可能性が十分にあることだ。スウェーデンについては集団免疫が5月には成立するといっており、経済的なマイナスも少ないはずだったのに、いずれの目標も達成できなかった。その意味で「失敗」であるのは間違いない。しかし、2年で見たときに日本が油断して(あるいはうぬぼれて)第2波にやられてボロボロとなれば、スウェーデン方式に別の評価も生まれてくることは否定できない。

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まともな経済学者なら長期と短期を分けないで考えるということはありえない。また、戦略論においてもクラウゼヴィッツが述べたように、どこまで時間的な幅を採るかによって(前後の戦争をどこまで考察の対象にするかによって)、対象とする戦争の評価は大きく変わってしまう。もちろん、これを今回のレポートに求めるのは不当であるが、実は、この問題が世界にとっても日本にとっても最重要のファクターであろう。