8月17日の政府発表によると、日本の4~6月期GDPは前期比で27・8%も減少した。これは1955年に政府統計を作成するようになってから最大の下落幅だというので、激しいショックが日本を覆った。民間シンクタンの予想が約23%だったこともあって、暗い雰囲気がさらに広がっている。
もちろん、大きな下落だが、いちおうは予想されていたことだ。いまさら焦ってもしかたがない。また、この数値というのが、前期比で年率換算だということも念頭においたほうがいい。新型コロナ・ウイルスが急速に感染を広げ、死者も増加していた時期であり、半端とはいえ緊急事態宣言も発せられた時期に、経済活動が縮小しないほうが不思議だろう。
同じ4~6月期のGDP下落は先進国のほとんどが激しいもので、アメリカはマイナス32.9%、フランスもマイナス44.8%、英国などはマイナス59・8%に至っている。ロックダウンを採用しないで注目されたスウェーデンでもマイナス30・2%であって、世界的なパンデミックというものが、いかに凄いかを物語っている。
こうして世界の下落具合を並べて、日本の下落だけが凄いのではないと、慰め合おうとしているのではない。前期比の数字を年率計算すると、1桁が2桁になって分かりやすいが、こうした異常な事態の場合には、悲観を必要以上に生み出しかねないこと。また、コロナ対策において、政策変更などであたふたした国ほど、マイナスの拡大が大きくなることを確認しておきたいからである。
日本はどうかといえば、死者数がきわめて少なくすんでいることもあって、緊急事態宣言など必要なかったという論調が強くなった。最初のころに「こんなの風邪並みだ」と論じていた人たちが勢いづいて、「ほらみろ、日本に関する限り風邪並みじゃないか」などと、したり顔で発言するまでになった。
また、死者数が少ないことが不思議に思えたので、次々と「新説」が登場して、BCGを接種している国はすでに免疫が形成されているとか、昨年の間に日本人は中国人から感染していたので、欧州経由で入ってきたコロナ・ウイルスには免疫ができていたとかの、新奇な主張をするようになっている。
わたくしは、緊急事態宣言は遅かったとは思うが、それなりに効果をもったと思っているので、必要なかったという議論には与しない。ましてや、「風邪並み」という主張については、対処に失敗すればアメリカのように17万人(年内には30万人)亡くなる感染症が「風邪並み」であるわけがない。そもそも、あとから「日本に関する限り」と付け加えていることからして、まともな議論ではなかったのだ。
さまざまな「新説」(「ファクターX」論などと呼ばれる)については、興味深いのでついつい読んでしまうが、残念ながらせいぜい仮説の段階であり、厳密な検証をへたものでない。なかには単なる想像にすぎないものもある。それなのに、いまの状況に倦んだ多くの人がひきつけられてしまうのだ。わたくしが懸念するのはそれだけではない。こうした新説は、こういってよければ、どれもオモシロすぎるのである。
1980年代、日本の経済が異様な拡大を続け、ついには世界の金融機関の融資額トップ10がすべて日本という事態すら生じた。そのころに流行した日本経済特殊論というのも、ここでは詳しく述べないが、どれもあまりにオモシロイものばかりで、事実を率直に述べていたビル・エモット著『日はまた沈む』などは、いま考えれば不思議だが、クソミソにけなされたのである。
いまのコロナに関する日本特殊論が、当時の日本特殊論とまったく同じだというわけではないが、いま盛り上がっている日本コロナ特殊論も、かりそめの栄華である可能性は高い。事実、死亡率は低いものの、感染が再び拡大して春のピークを超えてしまうと、こうした新説は、しだいに勢いを失ってきているように見える。
今回の新型コロナへの対処で、なんとか効果をあげているように見える国は少ないが、そこにはいくつかの共通点もあって、こうした観点からこれからのコロナ対策を見直してみるという方向性は残されている。
こうした現実を認めるのは嫌な人もいるだろうが、やはり、台湾の経済下落はマイナス8・8%、韓国は宗教団体のクラスターが話題になっているがマイナス12・7%と、なんとかしのいでいる印象がある。さらに、一足先にコロナ禍から脱したとされる中国は、前期比年率換算でプラス54・6%を記録している。
もっとも、中国の場合は1~3月期の下落が大きかったからで、リバウンドだという側面があるだけでなく、輸出は回復しつつあるが国内消費が7か月連続でマイナスと、問題も抱えての「回復」であることを忘れるわけにはいかない。習近平は「内需拡大」を唱えているが、それは貿易には米国との関係が修復されないかぎり、決定的に限界があることが分かっているからだ。
もうひとつ、注目してよいのはやはりスウェーデンで、すでにみたように4~6月期はマイナス30・2%と、かなりの下落を記録した。この国にはファンのような人たちがいて、何でも褒めないと気が済まないらしく、この下落率もEU全体のマイナス40・3%よりはるかにいいと主張している。しかし、ロックダウンを断行した国と比べて、より多くのコロナ犠牲者を出しておきながら、もし何の経済的利益もなかったら、そのほうがおかしいだろう。
しかも、隣接するデンマークはマイナス7・7%、ノルウェーはマイナス6・0%とずっと好成績なのだが、そういう国と比べるのはまったく間違いだと、同国政府のコロナ対策責任者が述べているのでおどろく。ただし、いま見過ごすべきでないのは、スウェーデンの対コロナ規制は、ロックダウン終了後のEUよりずっと厳しいものになっているという事実である。これはフィナンシャル・タイムズ紙が指摘して話題になったが、同時にオクスフォード大学のデーターベースがそうであることを示唆している。
そのいっぽうで、日本はどうかといえば、緊急事態宣言を解除して以降、かなり規制は緩和されて、日本以上の緩い規制は、世界でもベラルーシだけだという指摘がある。ベラルーシは緩すぎる規制のために悲惨な状態にあるが、日本はいまのところベラルーシ並みの悲惨さとは無縁である。この現実に対する解釈は難しいが、新説や奇説が厳密な方法で検証されていない以上、少なくとも日本のコロナ対策が、いまよりルーズな緩和されたものにすべきだという議論は、かなり危険だということである。
結局、いま世界の現実と日本の現実を直視すれば、これから秋・冬にかけては、場合によれば強制力のある具体的なルールの提示が、どうしても必要だと思われる。それは必ずしも全面的に「規制を強化する」というものではない。もっと、踏み込んだ具体性のある細かなオリエンテーションを行うということである。
そのため、規制強化となるなる領域が出てくるかもしれないが、いっぽうで過剰な自己規制が解除される場合もあるだろう。たとえば、接触が必然的に起こる接待業は指導が強化されるかもしれないし、逆に、映画館などのようにマスクをかけて鑑賞するぶんには、ほとんど感染危険のないアミューズメントは、今よりもっと観客が増えてもよいはずである。
こうした細部にわたる対策の場合、なにより大切なのは中央政府がしっかりした説明を行って、全体の方向づけや規制権限の委譲を明示的に行うことである。すでに日本はやっているという人もいるかもしれないが、以前の専門家会議の場合も今の分科会の場合も、輪郭のある「理屈」が語られないという点で、単なる雰囲気による規制でしかないのだ。これでは7~9月期や10~12月期での本格的な「リバウンド」は望めない。何より行動のための基準が必要なのである。
もっとも、そうするには政治的指導が何より必要になる。しかし、いまや日本の政治のトップは完全にレイムダック状態である。わたしが不思議に思うのは、なぜ自民党の実力者たちは、こんな状態でも政権交代を構想しないのだろうか。かつては、それが政治の世界では常識だったのである。麻生副総理は安倍総理に「休んだほうがいい」といったそうだが、セリフがちょっと違うのではないのか。ひょっとしたらすでに自民党自体に焼きが回って、安倍総理と同じようなアベノマスク的なことしか思い浮かばなくなっているのではないだろうか。
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