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東谷暁による「事件」に対する解釈論

どうすればコロナ対策に「失敗」できるか;ボブ・ウッドワードがトランプから聞いた話

9月15日に刊行が予定されている、ボブ・ウッドワードの新著『レイジ(怒り)』の内容が紹介されて話題になっている。その関心の多くは、トランプ大統領新型コロナウイルスが脅威であることを知っていたのに、「普通の風邪なみ」と述べて十分な対策を取らなかったことへの批判に集中している。

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たとえば、ウッドワードの古巣でいまも彼がエディターを務めているワシントンポスト紙9月10日付は、書評「ウッドワードの新刊:トランプはコロナがインフルエンザ以上に『致命的』であることを知っていて意図的に欺いた」を掲載して、その概要を伝えている。すでに日本でも多くのメディアが概要を伝えているが、改めていくつか記しておこう。

 国家安全保障の補佐官だったロバート・オブライエンは「これはあなたが大統領になって以来、もっとも国家安全にとっての脅威です」とトランプ大統領に述べていた。また、同副補佐官のマシュー・ポティンジャーは「5000万人が死んだ1918年のスペイン風邪パンデミックとならぶ緊急事態です」と警告した。

 ところが、トランプ大統領は公の場で「4月になって暖かくなれば、奇跡のように消える」と語っていた。「政府は完全にこのコロナを管理下においている」とうそぶき、さらに「感染者はこれからゼロに近づく」などと、楽観的なことばかり述べていたのである。

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ウッドワードは、すでに2月7日にはトランプにインタビューしており、その際にトランプは「コロナは息をしただけで感染する」などと語り、「このコロナはずるがしこい奴だ。とても微妙だ。インフルエンザなんかより、ずっと致命的になる」と述べていた。それなのに楽観的なコメントを国民に向けて発信していた。なぜ、こんな矛盾したことが言えたのか。

 ウッドワードの新著によれば、この問いに対してトランプは次のように答えたという。「私は常にコロナを楽観的に語った。いまも楽観的に語っている。というのは、パニックを起こすのはいやだからだ」。ウッドワードは次のように批判している。

 「トランプは連邦政府を本格的に動かして対策をとらずに、問題を各州に押し付けただけだった。事態に対する現実的な理論もなければ、アメリカ合衆国が直面した前代未聞の複雑な緊急事態に、対策をとるべき組織を作ろうとしなかった」

 ニューヨークタイムズ紙9月8日付も「トランプはコロナが普通の風邪よりきわめて深刻で死に至らしめる病気であることを知りながら、コロナウイルスは大したことがないと楽観的なことを言い続けた」と批判している。「彼は『こいつ(コロナ)は致命的な奴なんだ』と分かっていたのにである」。

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新型コロナは普通の風邪だとか、日本人にはすでに免疫があるという話は、日本でもいまだに信じて述べている人たちがいるから驚かないが、トランプの場合には認識と行動との間にあまりにも大きなギャップがあるといわざると得ない。ウッドワードが指摘しているように、連邦レベルでの対策を本格化しなかったというのも驚くべき失敗といってよい。

 こうしたトランプ政権の矛盾した対応こそが、アメリカで感染者が600万人、死者数が19万人を超えた、ひとつの大きな理由であることは間違いがない。今年中には死者は30万人に達すると予測されている。もちろん、死者数の多さについては、アメリカには肥満などの「生活習慣病」が多いことも理由とされるが、先端医療で世界を圧倒し、また、強力な連邦政府を持ちながらこのていたらくは、にわかには納得できないものだ。

 少し時間的にさかのぼるが、フォーリンアフェアーズ誌電子版8月26日号が、「なぜアメリカ合衆国コロナウイルスの管理において劇的に失敗したのか」という論文を掲載していた。「アメリカのパンデミックに対する失敗はもうよく知られている。診断テストの導入の遅れ、テスト用備品の不足、個人的防衛の勧めの欠如、薬品や医療用品の欠落、マスク推奨への反発」。

 筆者は保険政策の専門家であるジョシュア・シャーフステインとジョージス・ベンジャミン。彼らは具体的に延々と指摘しているが、まとめていえば次のようになる。「公衆衛生のためのツールや専門家への評価において、国家の指導者が徹底的に誤った。それは、歴史的な公衆の健康危機のさなかにおいて起こったことである」。

たとえば、ホワイト・ハウスは、専門家に諮問しないで政治的指名をうけて関係官庁のトップになった人物たちに相談していた。それが楽観的で不十分な知識による誤りを導いた。ホワイト・ハウスは、CDC(疾病予防管理センター)のような専門機関から得られたはずのデーターや、検査用具や治療機器などのサプライチェーン案などを求めようとしなかった。さらには専門組織が国民にブリーフィングするのを許さず、蚊帳の外に置き続けた。

 また、大統領は民主党の知事がいる州が規制を強めようとすると、「民主党から州を解放せよ」などとツイッターをしたこともある。4月ころまでには、大統領への忠誠と国民の健康について助言との間で緊張が生まれた。こうした大統領の言動は、「ソーシャルメディアを通じて、パンデミックの脅威を矮小化する党派的な情報や、陰謀論的な理論をはびこらせることとなった」。

 「いまの連邦政府あるいは次の政府は、科学的な専門家やCDCなどの専門機関に国家規模の計画や実施をやらせることで、公衆衛生と政治とのバランスの修正を行うことができると思われる。連邦政府ならば、その実行力の一部を使っただけで、医療およびその用品のサプライチェーンを管理することができるはずである」

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こうした批判および改革案は、医療や衛生の専門家からの視点からのものであり、また、民主党系のメディアを通じたものであることは踏まえておかねばならない。また、中央政府が乗り出してもトップがユニークだと、マスクを配ればいいんだと思うような例もある。しかし、アメリカの場合は、連邦政府と州政府との連携がまったくうまくいかず、また政治を優先することで有効な政策を取れなくなっていたことが透けてみえてくる。

 これはもちろん、アメリカという日本とはかなり条件の異なる国家において起こったことである。しかし、中央政府と専門家集団との関係が良好でなく、また、出てくる政策が政治家による恣意的なものに下落し、さらには思い付きのような「理論」が蔓延することによって、「歴史的な脅威」であるパンデミックへの対応が滑稽なまでに機能不全に陥るというのは、海の向こうの出来事として笑って済ませるわけにはいかない。これからやってくる第2波あるいは第3波を前にして、日本においても同じことが起こりうるからである。