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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ギンズバーグの死去は大打撃だ;バイデンは大統領になれなくなるかも

9月18日、アメリカの最高裁判事ルース・ベイダー・ギンズバーグが亡くなった。その後任をめぐって、いまトランプ大統領はすぐにでも指名の準備があり、それは女性になる可能性が高いと述べているが、野党である民主党のほうは穏やかではない。そればかりか、アメリカ国内が、この新しい判事指名をめぐって混乱のなかにある。なぜなのだろうか。

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日本でも最高裁の判事になることは、法曹界で生きて来たものにとって最高の名誉であり、また、その人物がどのような傾向の思想をもっているかについて、関心が集まることはある。しかし、今度の騒ぎはその程度のものではない。まず、簡単にいってしまえば、最高裁判事の指名はアメリカの政治にとって大きな影響を与えるだけでなく、いまですら最高裁内で勢力が著しく偏っている、共和党系と民主党系のバランスがさらに崩れてしまう。

 ギンズバーグの場合、クリントン大統領に指名されたことからも分かるように、民主党系であるだけでなく、彼女は女性の権利や公民権あるいは移民問題や差別問題について、進歩主義的な立場から判断することで知られていた。いわばリベラル派で人権派の代表的な法律家として位置づけられてきたわけである。それは彼女が「RBG」と進歩派の女性に呼ばれ、ドキュメンタリーや映画がつくられていることからもわかる。

 とはいえ、ここで見ていきたいのは、そうしたギンズバーグの法律家としての立場や業績や人気ではなく、今のアメリカの政治状況のなかで、彼女の死去がどのような意味を持つかである。いちばん分かりやすいのが、最高裁の判事の勢力図だが、これまで全員で9人いる判事のうち5人は共和党の大統領による指名であり、4人が民主党の大統領だった。

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ところが、ここで民主党系が1人亡くなっただけでなく、もうこの11月3日には大統領選挙が行われるのに、トランプ大統領は自ら指名することに意欲的なのである。民主党からの牽制や批判などどこ吹く風で、ちゃくちゃくとその準備を続けている。このままでは、これまで民主党系がただでさえ劣勢だったのに、さらに6対3という、いっそうの不利な立場に転落することになる。しかも、最高裁判事は終身制だから不均衡は延々と続くのだ。これが大きい。

 共和党を支持する人たちならば、アメリカでいう「コンサバティブ」な傾向がある判断が下されることに同意できるとしても、民主党を支持する人たちは、これこそアメリカ民主主義の危機だと嘆くことになる。しかも、このバランスの不均衡だけでなく、もうひとつ民主党系がいきり立つ理由がある。

2016年、民主党オバマ大統領が在任中で大統領選はまだ10カ月先だったとき、共和党大統領によって指名された最高裁判事アントニン・スカリアが亡くなった。そのとき、共和党上院議員ミッチィ・マコーネルが「大統領の任期が終わりかけているとき、新しい最高裁判事を指名するのは慎むべきでは」とコメントし、しかも、それをどういうわけか「バイデン・ルール」と呼んだ経緯もあるのだ。たぶん、何かの折にバイデンが口にしたことがあったのだろう。

 10カ月前でも控えるべきなら、当然、2カ月前ならおくびにも出してはならないだろう。ところが、それが万事自分流でやっているトランプ大統領だと、この「バイデン・ルール」も、誰かの死に便乗しないようにするという奥ゆかしさもなく、ここぞとばかり後任選出に前のめりなのだ。しかも、トランプは、女性解放主義者で人権主義者のギンズバーグのことを殊の外嫌っていた。このチャンスを逃すはずはないのである。

嬉々としているトランプ大統領に比べて、バイデン大統領候補のほうは、多くの問題を抱えてますます陰気な顔になっている(と見える)。本来なら敵がそう出てくるなら、バイデンも独自の名の知られた女性法律家で、そしていま共和党が多数を占める上院の承認を得るために、少しばかりコンサバティブな最高裁判事候補を担げばいいのである。しかし、これには大きな問題があって、そうはいかない。

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バイデンは民主党内においても多くの敵があり、そのなかでも女性の権利に敏感なリベラル左派にはまるで人気がない。いまのところ、ほかに大統領候補がいないので、バイデンでもしかたなく支持しているが、この勢力が気にくわないこと(たとえば、コンサバティブな女性の判事候補を担ぐ)などしたら、たちまち内紛となりかねない。このバイデンの抱える問題を、ドイツのフランクフルター紙は「バイデン・ジレンマ」などと呼んでいるが、ともかく、微妙な民主党内の勢力均衡上に載っているバイデンとしては動けないのである。

しかも、たとえばバイデンが大統領になっても、もし、トランプが共和党最高裁判事を置き土産にすれば、バイデン政権下においてさまざまな問題が最高裁に持ち込まれたとき、すんなり勝利することはないといってよい。特に、女性の権利、差別の問題、LGBTにかかわっている問題などについて、最高裁で争われることになれば、ほとんどバイデン政権の司法的な敗北が見えてしまう。法曹界と政界の密接なアメリカならではの光景だが、人権弁護士で人情政治家でもあるバイデンには、いまの一寸先は闇に見えていることだろう。

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