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東谷暁による「事件」に対する解釈論

やっぱりマスクが決め手だった?;コロナ第2波のなかで義務化が広がる

アメリカは大統領選の間もあいかわらず新型コロナ感染が拡大しているし、ヨーロッパでは第2波ないし第3波がいよいよ始まっている。さまざまな、感染拡大阻止策をやってきたはずなのに、やはり秋冬の急拡大は免れ得ないようだ。そのなかで、マスクへの評価が高まっている。パンデミック初期には、感染学者たちが「効果がない」といっていたマスクが、これほど再評価されることになろうとは、正直、私も思わなかった。

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トランプさん、ちょっと勘違いしていませんか?


たとえば、ヨーロッパでもマスクはしだいに普及しており、たとえば、ドイツなどでは推奨から義務へと移行し、今回の第2波の拡大によって10月14日、メルケル首相がマスクの義務化を拡大する意向を表明した。ドイツではマスク強制反対の気分が高まってデモも起こっているが、にもかかわらず義務を強化するというのは、マスクへの信頼も上昇しているということなのだろう。

 マスクが再評価されたのは、もちろん、防護的な機能が高いと証明されたからではなく、飛沫感染をかなり阻止できるので、なるだけ多くの人がつけるようになれば、無症状の感染者が他人に無自覚に感染させてしまうことを低減できるということである。これはかなり早い時期からいわれていたのだが、厳密な議論を好む感染学者は防護にこだわったせいか、なかなか「マスクに効果あり」とはいわなかった。

 しかし、いまやそうした厳密な議論を好むが経験をも重視するタイプの感染学者は、「マスクはつけたほうがいい」といい、これまでマスクをつける習慣がなかったヨーロッパの国々でも推奨されるようになった。スウェーデンのように国家免疫学者がマスクは効果がないと断言していたところでも、大衆紙エクスプレッセンなどではさかんに街の医師が「口の防護の権利を認めよ」と発言していた。

 それでも公式にマスクを推奨していないが、英経済誌ジ・エコノミストの見るところでは、さらに第2波がひどくなれば、エビデンスプラグマティズムにのっとって、この国でもつけるようになるのではないかと予想している。どうも、それは当たっていそうで、前出の大衆紙などでは、政府側の学者たちも全面否定はしなくなったらしい。

 さて、こうなってくると「マスク文化」をはぐくんできた日本は、少しばかり優位に立つことになるのでなんだか自慢したくなるが(やや子供っぽいが)、いまだにトランプ的あるいはボルソナロ的なマッチョ思想に凝り固まった大学の先生などがおられて、マスクはいらないなどと嘯いている。そういう人たちの発言には矛盾が多いので、まあ、常識的に判断すれば害も少ないような気がするのだが、なぜ日本人がマスク文化を持っているのか、そして、それは免疫学的および医学的にみたときにどうかは、振り返ってみたほうがいいかもしれない。

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スペイン風邪のさいもマスクが大切だった


日本人はいつころからマスクをするようになったのだろうか。そして、それはなぜだろうか。この問題を考えるヒントは、やはり神道にあると思われる。神道の儀式のさい、神さまに供物をささげるが、そのとき神主たちはマスクをつける。正確には「覆面」と神道ではいうらしいが、ほとんど今のマスクと同じような形をしている。

 つける理由は「穢れのある息を供物にかけないようにするため」であるといい、これは飛沫にウイルスが含まれている可能性があるのでマスクをかける、現在の行動と似た発想にあると考えられる。もちろん、こうした類似性は偶然かもしれないので(たとえば「食い合わせ」と栄養学に見られるように)、日本人の清浄感を喜びつつ、感染学ではないので参考程度に受け止めるべきだろう。

 もちろん、マスクのようなものをするのは日本の神事に限らない。たとえば、インドのジャイナ教の聖職者たちもマスクをかけて暮らすが、これはジャイナ教が徹底した殺生の回避を教義にもつからで、口を開けていると虫を吸い込んで殺してしまうという。昔、文化人類学の雑誌の編集にたずさわっていたことがあるが、ジャイナ教の灌頂祭での写真には聖職者がマスクをかけて登場していた。

 それだけではない、彼らはマスク以外はまったく何も身につけていないのである。これも殺生を忌むため、衣類をつくるために動植物を殺さないためというのだが、こうなるといまのマスクの目的からはちょっと離れている気がしてくる。同じようなマスクでも、その意味が違うということはあるわけだ。

 

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 忽那賢志氏が引用しているハムスターによる実験


 では、いまのマスクは自分が飛沫を他人にかけないため、いわば利他的な目的だけかというと、どうも、それだけではないかもしれないという研究もあるらしい。実際に新型コロナの治療に当たっている忽那賢志氏によると、人間を対象にしていないので厳密な実験とはいえないらしいが、ハムスターによる実験のレベルではマスクは防護にもある程度効果があることが示唆されている(上図)。これは、私のように気管支系が弱くて年中マスクにお世話になっている人間にとっては、なんだか心強い気持ちがする。

news.yahoo.co.jp

注目されるのは、アメリカの動向だ。トランプ大統領は幸運にもコロナ感染から「復活」したが、謙虚に現実を認めてコロナ対策でも打ち出せばよかったのに、逆に、演説のさいにマスクを放り投げるようなパフォーマンスを披露して、民主党系および共和党の反トランプ派からの批判を受けている。

こうした素朴マッチョ的なパフォーマンスは、いまの世界的な状況をみれば、トランプ狂信者には受けても、支持者にとってすら悪趣味にしか見えないだろう。利他的なマスクのロジックが、どれほど世界的に説得力をもつかは、まだよくわからない。もちろん、マスクをすれば完全に阻止できる、ということではないのは言うまでもないけれども、経験的にいって「つけておいたほうが(ずっと)いい」。