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東谷暁による「事件」に対する解釈論

トランプは敗北を認めない?;大統領から降りない秘策とは

トランプは負けてもホワイトハウスを去らないという話は、もう、随分前から言われていた。しかし、アメリカは法制が整った国家なはずである。いくらトランプでも、そんなことができるのだろうか。それができるのだとアメリカの評論家たちは言っている。さらに、少なくとも混乱に叩きこむことはできると、ある大統領選に詳しい法制学者は述べている。

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アマースト大学の法制学教授ローレンス・ダグラスは、これまでもアメリカの大統領選の制度には多くの欠陥があると論じてきた。今回、トランプが選挙戦で不利だと伝えられるなかにあっても、さまざまな法制上の欠陥をつかえば、トランプは負けても敗北宣言せずに、アメリカ政治をガタガタにできると警告してきた。

 英経済誌ジ・エコノミスト10月23日号に投稿した論文は、そのエッセンスというべきものだが、エッセンスだけあってちょっと素人目には分かりにくいところもあるが、その概要をお伝えしたい。例によって、あれこれ補足をしているので、これはひとつの解釈なのだということを前提でお読みいただきたい。

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ダグラス教授が注目するのは、7月にトランプが11月の大統領選挙を延期してはどうかと言い出したときのツイッターである。延期発言をした、まさにその日に、トランプはツイッターで「大統領選挙の結果は、選挙日の夜には分かる。何日も、何カ月も遅れたり、ましてや何年も遅れるなんてことはない!」と述べている。矛盾もはなはだしいが、これこそ、トランプの本音なのだというわけだ。

まず、今回の選挙はすでに「突っ込みどころ」がたくさんある。そのなかでも、簡単に突っ込めるのは、コロナ禍のなかの選挙であるがゆえに、郵便による投票が大々的に行われているからだ。この郵便選挙というのは、ささいな間違いがいくらでも起こる。トランプならば、こうしたささいな間違いを、民主党勢力の悪意のある陰謀に仕立て上げることができるだろう。選挙の結果、もう負けが分かっても、陰謀があったと騒ぎだすというわけである。

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もちろん、ダグラス教授が指摘するのは、こんな単純な話だけではない。いまのアメリカの大統領選挙をつかさどっている法制度を見ていくと、だいたい、次のような時間的制約があるという。選挙を11月3日に行うと、選出された全アメリカの選挙人たちは12月14日までに連邦議会に招集される。連邦法の定めるところでは、各州はそれより6日前までに選挙人を選ばねばならない。ということは、12月8日にはあらゆる州の選挙人は決まっていなくてはならないのだ。

今回の選挙でも、やはり「選挙を左右する州(スイング・ステイト)」があって、最終的にはミシガン州ペンシルベニア州ウィスコンシン州の3つであると言われている。注意すべきは、こうした州で激戦が展開した場合、選挙管理委員会がいつものような時間で正確に処理できるかということである。

ダグラス教授によれば、今回のようにコロナ禍のなかで、しかも、激戦の結果として接戦となり、さらには、郵便による投票が多くなったとき、選挙管理人たちには過重な負担がかかるだけでなく、慣れない処理を早くやるという難題がふりかかってくることになる。そのため、先ほど述べたような「ささいな事故」が、作業を大幅に遅らせることは十分にありうる。

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したがって、たとえ「ささい」であっても多くの事故が重なったような場合、12月8日までに上記の3州にあっては、まだ、選挙人が決まっていないという事態が起こってしまう可能性が高いのだ。この場合、どんなことが生じるかというと、来年の1月6日に連邦議会で大統領任命の式典が行われるとき、この3州は誰を大統領に指名するか分からないということになる。

 もちろん、これにはいわゆる「抜け道条項」があって、もし、それぞれの州が選挙人を選出できなかった場合には、それぞれの州議会が支持する大統領を指定することができる。そして、これまでのところ3州はいまのところ、州知事が支持しているのはバイデンだから、話は早いように思われる。しかし、この例外的な措置は大統領選挙そのものから正当性を失わせてしまい、トランプの突っ込みどころをつくってしまうだろう。

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実は、今回ときわめて似たような事態が、1876年に起こっている。共和党の候補者ラザフォード・ヘイズ民主党の候補者サミュエル・ティルデンが、激しい接戦を演じた末に、最後のところでフロリダ州ルイジアナ州サウスカロライナ州で選挙人がまだ決まっていなかった。この時点で、ヘイズは165人の選挙人、それに対してティルデンは184人だったが、この3州の20人分がまだなのである。

 そこで、共和党民主党が秘密裏に取引を行なって、南北戦争のさいの北部軍(占領軍)を引き揚げるという約束で、20人分を共和党のヘイズに上乗せし、185人対184人でヘイズの勝利ということにしてしまった。南北戦争リンカーンに率いられた共和党が主導した戦争であり、すでに戦後11年たっていたが、まだ占領軍がいた。その引き揚げは南部の3州にとって、利益のあることだと見なされたのである。

 しかし、その結果として、連邦政府からの南部3州への援助が途絶えるなど、むしろ、その後の3州の発展にとってマイナスになったという説もあり、また、黒人の解放も遅れたと指摘する歴史学者も存在する。さらには、こうしたイレギュラーな妥協を行ったことが、以降のアメリカの政治に対する信用を、大きく損なわせたというのは間違いないだろう。

 さて、トランプとバイデンの時代に戻るが、先ほどのミシガン州ペンシルベニア州ウィスコンシン州での選挙人選出の遅れ、あるいは、最初に指摘した郵便による投票の機能不全が争点となったとき、トランプ側とバイデン側の言い分に、最終的に決着をつけるのは何になるだろうか。いうまでもなく、法廷闘争であろう。

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選挙中に最高裁の判事ルース・ギンズバーグが死去したため、9人の判事のうち6人までもが共和党系になったが、トランプはまさに選挙の結果を変えるために、新しい共和党系の判事の指名を急いだといわれる。当然、トランプは最高裁に持ち込んで判断を仰ぐというのが、民主党系マスコミやリベラル派知識人たちの憂慮である。

 しかし、ダグラス教授は、たとえ最高裁に持ち込まれても、最高裁は政治に介入することになるのを嫌って、このような判断は留保するのではないかと見ている。それは、これまでの最高裁の判断を見れば分かるわけで、たとえば、よく取り上げられる2000年のブッシュ(息子)とゴアの間にあった選挙をめぐる紛争(選挙論争)は、今回トランプの指摘する点とは異なり、このときでも最高裁はすでにある制度の解釈を問題にしていて、制度そのものには判断はしていないのである。

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もめにもめて、来年の1月20日になっても、(上院が副大統領を、下院が大統領を指名できていないため)大統領も副大統領のいない状態だったらどうなるのか。そのときには1947年に制定の法律にしたがって、下院の多数派のリーダーところに大統領権限が移行するという緊急事態措置が残っている。つまりナンシー・ペロシ議員が、一時的にせよ事実上の大統領になってしまうのだ。しかし、それでは共和党は激しく反発するだろうし、アメリカは世界に恥をさらすことになるだろう。

 

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bbc.comより:ローレンス・ダグラス教授


では、いったいどうすることになるのか。バイデンが決定的な勝利をおさめれば、トランプがゴネても、さすがに共和党の下院指導者ミッチ・マコーネルは、トランプにあきらめるように諭すだろうという。しかし、郵便による投票が多くのささいな事件を起こし、バイデンが勝っても2人の候補の選挙人数が僅差だったとしたら、ダグラス教授によれば「そのときにはカオスへと向かうかもしれない」。

 

【付記】細部について、多少分かりにくいところがあるので、下の時事通信の図版を参考にしてください。

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(jiji.comより)