HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

いまもマスクを否定するスウェーデン;むしろ危険とする根拠の論文72%は実はマスク支持だった

いまもスウェーデン政府はマスクを推奨していない。もし、同国の文化がいわれているように合理主義的でプラグマティックならば、完全な効果は期待できなくとも、すでに何らかのかたちで採用していておかしくない。ところが、同国の国家免疫学者アンデッシュ・テグネルは「不要であるだけでなく、むしろ有害である」と断じてやまない。 

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マスクはコロナ感染の低下にとって有用ではないというメッセージは、スウェーデン国民にとって有害であるだけでなく、少しでも感染経路を遮断しようと努力している他国民にとっても迷惑な話である。なぜなら、世界的にマスクに関しての研究が行われており、完璧に感染防止することはできないが、感染者の飛沫拡散を低減することで「利他的」に有益であり、密集空間での「ユニバーサルマスク」は効果があるとされているからだ。

 しかも、このシリーズでもお伝えしてきたように、スウェーデンのコロナ対策はいまや破綻といってもよい状態に陥っている。ウォールストリートジャーナル電子版はテグネルの降格を伝えたし(いまのところフォローする報道がない)、また、ブルームバーグ電子版12月9日付は、「コロナ対策を強化するため、新しい法律案を議会に提出する」と述べている、レナ・ヘレングレン保健社会政策大臣のインタビューを掲載している。

 これまでもテグネルは「マスクが有効であることを証明した妥当な研究がないだけでなく、いままでスウェーデンが行ってきたソーシャルディスタンスの意義を損なう危険があり、また、わが国にはマスクの習慣がない」と述べてきたが、10月20日にも同じ見解を発表し、世界の専門家たちの首を傾げさせた。では、その「妥当な研究」でないと判断した根拠は本当にあるのかと思うのが自然だが、実は、(ここらへんは同国の面白いところだが)参考にした37の論文をすべて公表しているのである。 

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しかも、この37の論文(重複があり事実上は36)を検討してみたところ、そのうち72%強はマスク着用をむしろ支持するものだったという批判論文が、すでに発表されている。さらに、残りの根拠論文のなかにも判断を留保しているものが見られるというわけで、ますますテグネルとスウェーデン政府の意図が分からなくなる。

 この論文はオクスフォード大学付属の研究所に属するメリンダ・ミルズを中心とする4人の専門家によるもので、「『科学に従う』? アンデッシュ・テグネルとスウェーデン保健当局のエビデンスは、むしろ、顔を覆うことを支持している」というタイトルがついている。結論部分をまず引用しておこう。

 「36の論文のうち、われわれは26論文が顔マスクと顔カバーを支持していると分類した。つまり、アンデッシュ・テグネルとスウェーデンの保健当局は、顔マスクの使用を事実上支持もしくは推奨している72.2%の科学的エビデンスを、反対する根拠として使用しているのである」

 そんなバカなことはないだろう、その論文を発表した連中はクワセモノではないのかと思う人もいるかもしれない。しかし、読んでみるとスウェーデン政府がこの36(数のうえでは37)の論文を公表していることに、この批判論文を書いた研究者たちが驚いている様子なのである。なぜ、わざわざ自分たちの政策に不利な論文をまとめて発表しているのだろうか。なぜ、自分たちの不見識をさらすのか。

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その驚きは、真正面からマスク着用を支持あるいは推奨していないとされる、残りの10の論文についてのコメント(表にしてある)を目にすればさらに大きくなる。たとえば「スタディ1」と名づけられた論文の論旨は「マスクの効用に十分な証拠がないが、著者はそれでも顔にバリアーを使うことには賛成している」のであるという。また、「スタディ3」は「弱い支持をし、若干の効果を認めているが、結論を出すまで明瞭ではない」としている。つまり、留保あるいは非否定というようなものが多いのである。

 いかにも信念の人といった顔つきのテグネル国家免疫学者や、どこか人がよさそうに見えるロベーン首相の誠実と正気を疑いたくはないが、この状況にいたってもマスクを国民に推奨しないというのは、あまりに不自然に思われる。ところが、国民の半分くらいは今もテグネルの方針を支持しているといわれ、英文電子新聞ザ・ロカールがマスクの推奨記事を掲載したところ、寄せられたコメントの多くがマスクを否定するものであり、「いやな奴はこの国から去ればいい」などというものもあって、反マスクの雰囲気はいまも強いのである。

 そのいっぽう、同国の大衆紙エクスプレッセン電子版などには、これまでもマスクを推奨する医師や専門家のインタビュー記事が掲載されてきた。マスクを着けたほうがいいという人は少なからず存在するのだ。そのなかには町でコロナと戦っている現場の医師や代表的な大病院に勤務している研究者の証言もあって、この電子新聞はマスクを国家が推奨すべきだという論調を掲げているらしい。

 もちろん、マスクをかければ100%感染しないなどということはあり得ないし、研究者によっては効果があっても低く見積もる場合も少なくない。しかし、少なくともスウェーデンの感染者数や死者数の急増を考えれば、ある程度の効果のあることは何でも試みるというのが、正しい選択であると思われる。

 スウェーデンは自由で公正な国なんだと言いたい人もいるかもしれない。しかし、情報の公開における公正さは認めるにしても、すでに規制を強化して準ロックダウンといってよい状態へと移行している。少々勘ぐれば、ここまで来てしまったら、いまさらマスクを推奨するとは言い出しにくいのかもしれない。そうだとすれば、この国の硬質な合理主義と自国の独自性についてのプライドが、むしろ、柔軟で合理的な政策の転換の邪魔をしていることになる。

 

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インスタでマスクを推奨するグレタ・トゥンベリ氏

追記 スウェーデン政府は、12月18日についに公共的交通機関でのマスク使用を推奨すると発表した。ロベーン首相が自ら国民に向かって述べたらしい。環境活動家のトゥンベリ氏も、若者たちに協力を促すメッセージをインスタで流している。これは先日の国王によるコロナ対策「失敗」発言に反応したものとも考えられるが、奇妙なのはスウェーデンの政策に同調的だった日本のマスコミの報道が、どこかあいまいなことである。繰り返すが、マスクは100%の効果はないが、利他的な効果あるいはユニバーサルマスクの効果は、ある程度期待できる。ただ、スウェーデンの場合、国家免疫学者のテグネルたちが、繰り返しマスクへの懐疑あるいは侮蔑を語ってきたため、若者たちが真剣にマスクにの装着を考えるまでには、かなりの混乱が予想される。

 

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