HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

シミュレーションの最悪値に向かうスウェーデン;今の事態はすでに予測されていた

スウェーデンのコロナ禍の現実について、関心をもつ人が多い。それはそうだろう。日本でも一時は非ロックダウン方式が正しいと主張する論者が増えて、「集団免疫だけがコロナ問題を解決する」とか「若者と老人との接触を遮断すれば怖くない」と口にする人も多くなっていた。そのほとんどは、(意識するしないにかかわらず)スウェーデン方式が正しいという前提に基づいていたのである。

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現在、スウェーデンにおけるコロナ禍の数値は、1月6日現在で死者数が9262人に達している。なんだ、少ないじゃないかと思う人は、スウェーデンの人口を勘案していない人で、同国の人口は約1000万人だから、1億2300万人の日本と比較するさいには、これを12.3倍しなければならない。つまり、11万3922人亡くなったということである。

もちろん、この数値の位置は北欧はもとより、ヨーロッパ全体でもトップクラスに返り咲いてしまった。スウェーデンの国家疫学者テグネルがしばしば弁明のさいに口にした「近隣諸国は例外だから比較するな。ヨーロッパ諸国と比べろ」も、何の意味も持たなくなったのだ。さすがに10万人あたりの死者が100人を超えている英国よりはましでも、いまや90人余を超えてしまったのである。

 ついでにいっておくと、テグネルおよび同国保健当局は「我が国は集団免疫を目指しているわけではない」と言っていたが、記者会見でしばしば「第2波のさいには他の北欧諸国よりずっと良好だろう」と語っていただけでなく、最近のテグネルのメールを分析したレポートでも、彼が集団免疫を前提としていたことが暴露されている。

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こうした話は何度も書いてきたし、たとえば「新型コロナの第3波に備える(9)目で見るスウェーデンの現状」でも追加情報をいれてきたのだが、それだけでは間に合わないところまできた。ここまでくれば、普通の国ならテグネルは左遷ということになるが、この国は憲法で衛生保健局の独立性が保証されているので、彼を直接辞任させることができないらしい。また、かつては7割近くあった彼への国民の支持も、下がったとはいえ、まだ50%余あるので、政治家たちはまだ彼をつかえると見なしているのだろう。

 いまのスウェーデンの恐るべき事態を、テグネルも保健当局も予想していなかったかといえば、まったくそうではない。彼らは、実は昨年7月の時点でこうなることをシミュレーションのかたちで発表していたのだ。もちろん、テグネルとシミュレーションを作成したメンバーの間には温度差があったと思われるが、それをいちおう発表していたということは、いまにおいてこそ、多くの問題を投げかける。

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1月7日現在での1日当たりの死者(7日平均)


わたしが、そのシミュレーションの結果を知ったのは、昨年7月21日のことで、寝る前にニュースをチェックしていたところ、デイリー・メール・オンラインに「非ロックダウンのスウェーデンでは、さらに5800人の死者がでるかもしれない」という刺激的なタイトルが目に飛び込んできた。ソースはAFPで、スウェーデンの保健当局がシミュレーションを行って、最悪のケースがさらに5800人、最尤値が3200人という結果だったというのである。

 他にこのニュースを掲載したところがないか探したところ、CBSニュースが報じていた。ところが、ソースは同じAFPなのに、最悪値が4400人、最尤値が3250人、最低値が1100人となっていた。文章はかなり重なっているのに、数値が微妙に違うのである。投稿の時間に差があるので、最初のニュースは解釈の余地の大きなものだったのかもしれないと思われた。

 そこで、ニュースソースだけ、以前のスウェーデンにかんする投稿に、追加のかたちで付記して再投稿したところ、かなりの反響があった。しかし、なかには激しい抗議もあって、こんなのはモデルに基づくシミュレーションであって、これからさらに同じくらい亡くなるなんてとても思えないという人がいた。あんたもジャーナリストを名乗っているなら、根拠を示せと言ってきた者もいた。もちろん、無根拠で妄想を述べたわけではない。それどころか、スウェーデン当局の正式の発表だったのである。

 さて、現状とこのシミュレーションを比較してみれば、スウェーデンはせっかく予想していたのに、対策はまったく失敗したことが分かる。シミュレーション発表時の死者数は5645人(昨年7月21日現在)で、いまは9262人(今年1月7日現在)。その差は3617人である。すでに、見ていただいた死者数のグラフの形態(上のグラフ)からしても、このまま死者数の増加が停止するとは思われない。つまり、最尤値を超えて最悪値へと向かっているのである。

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スウェーデンにおける感染者数(7日平均値):The Localより


しかも、昨年から今年にかけて、この死者数はピークを越えたように見えるが、スウェーデンの英語メディアであるザ・ローカル1月7日付によると、こうした数値は必ずしも確定値ではないらしい。「公共保健局のカリン・テグマーク・ヴィーゼルは、こうした数値はクリスマスの時期をはさんでいるので、ふたしかなものでしかない」というのである。

年末から公表されているOur World in Dataにおけるスウェーデンの数値は(意図的ではないにしても)かなり不自然である。それは、スウェーデン国王の「コロナ対策失敗宣言」を受けて、当局が通勤時のマスクを推奨してからの状態を見たいと思う者にとっては、まことに残念な形状をとっていると言わざるをえない。しかし、もっと残念なのは、こうしたボタンの掛け違いは、医療大国といわれたスウェーデンでも起こってしまい、多くの人の命が失われたことだろう。

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無理やり他山の石を探す気はないが、昨日(7日)に発出された日本の「緊急事態宣言」について、やはり考えてみたくなる。さまざまなシミュレーションが発表されているが、それがどこまでガースー政権の決断に反映しているかはよくわからない。しかし、宣言を行った首相の迫力のなさと、今日(8日)に見られる東京都の街や電車内の状況を考えれば、スウェーデンの轍を踏んでしまうのではないかと憂慮される。

ただし、スウェーデン当局はシミュレーションをちゃんと発表していた。この点は、たとえ恐るべき数値を示しているとはいえ、スウェーデンのほうがまともかもしれない。いまの日本の政権は(前の政権もそうだったが)、日本は特殊な国で免疫はすでにあるといったような、あるいは集団免疫を目指せば経済縮小は免れるといった、ペテン師の詐話といってもいい「アドバイス」を、信じたがっているように思える。

 

【追補】スウェーデンの1日の死者が春のピークを超えた

スウェーデンの1日のコロナ死者数が、春のピークを超えた。春のピークは、同国当局によれば、介護施設でのクラスターの群発と移民集落の集団感染という、予期しなかった事態によるものと説明してきたが、今度の数値は「気温が下がっているため」という説明だけでは納得できないものとなった。

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いうまでもなく、スウェーデンの国家疫学者テグネルの「わが国は集団免疫は目指していない」という発言を繰り返すいっぽうで、「第2波のさいには免疫をもつ者が多くなっており、近隣諸国よりずっと有利になっているはず」との予測も口にしてきた。すでにレポートしたように、実は、テグネルは集団免疫の形成というリスクの高い戦略に、期待を持ってきたのだが、それが最終的に失敗したことが明らかになったといえる。

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7日間平均の死者数でも初のピークを超え100人に達した


これを機会に、日本での集団免疫の形成を前提とする、リスクの高い戦略を掲げる論者たちは、自分たちの非を認めて発言を控えるべきだと思う。しかし、まあ、根拠にもとづくというより、願望や野心で発言してきたのだから、彼らはそうはしないだろう。いくつかの幸運が日本にもたらした諸数値の比較的低さが、コロナ・ワクチンの効果が出てくるまで、なんとか続くことを祈るほかない。

 

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