HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

中国はワクチン戦略で優位に立った;買占め競争をやってる先進国は勝てない【増補版】

【注記】この投稿は3月1日のものですが、中国が日本で開催予定のオリンピックについて、選手や関係者にワクチンを提供すると、突然発表したという状況にかんがみ再び投稿したものです。追加した【増補】部分以外はまったくそのままにしました。

新型コロナワクチンの争奪戦については、もうすでに多くの報道がなされている。その多くは先進国が必要以上に契約をしてしまって、途上国には回らない状況を告発するというものだ。しかし、この途上国に回らない分を供給しようとしている中国のワクチンについて、かなり深刻な事態を報道しているものは少ない。

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米外交誌フォーリン・アフェアーズのホームページに2月26日付けで掲載されたエリック・フレイマンジャスティン・スティービングの「中国はワクチン・データを隠すのをやめるべきだ」は、そのほんの一部を明らかにしてくれている。途上国が欲しがるワクチンのかなりの部分を、中国が供給することになりそうだが、そのワクチンのデータがオープンになっていないというのだ。

中国製のワクチンはシノヴァック社とシノファーム社のものだが、いずれもフェーズ3の治験をクリアしたことになっていて、すでに自国で接種されているだけでなく、いわゆる途上国に輸出し始めている。インドネシアの大統領が中国製ワクチンの接種を受けている様子が、世界的に報道されたのはまだ記憶に新しい。

 ところが、これら中国製ワクチンのデータが十分には公表されていないのである。フェーズ1、フェーズ2についてはデータがJAMAやザ・ランセットに掲載されたが、肝心のフェーズ3の結果については未公表である。にもかかわらず、もう実地に使われている。それは異常というしかない。

 シノヴァックのワクチンについては、中国政府系メディアが同社の「コロナヴァック」は100%(!)の有効性を示したと報道したが、トルコでの治験の結果では91%、ブラジルでは78%、インドネシアでは65%だったという情報がある。さらに、ブラジルで独自に調査したところせいぜい50.4%だったという説もある。もちろん、WHOの合格基準は50%なのだから、かろうじて合格というところだろう。呆れるのはシノファームのワクチンで、フェーズ3についてのデータはまったく何も公表されていないのである。

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しかし、国民へのワクチン接種の必要量の何倍ものワクチンを、高額の金額で買い占めている先進国のせいで(たとえばカナダは11倍、英国は5倍である)、必死にワクチンを求めている途上国は、中国製に頼らざるを得ない状況が生まれている。いま中国製ワクチンは、シノヴァックとシノファームを合わせて1カ月に数百万回分が輸出されており、たとえばチリなどは中国製ワクチンと対策の中心において1000万回分をすでに発注し、前出のインドネシアも中国製でいくことを表明している。

 もちろん、こうした中国製ワクチンの評判は必ずしもよくない。たとえば、香港での調査では中国製でいいという人は37%にとどまるというのは当然としても、15カ国のうち13カ国の国民は、もしワクチンが中国製だったら接種を受けたくないと述べている。とはいえ、新型コロナを終息させるには、ワクチンであろうと感染であろうと、ともかく7~8割の人が抗体をもつようにならないと無理だとされているので、有効性が低くてもともかくワクチンが欲しいという途上国は多いのである。

「貧しい国々は、したがって、これまで以上に中国に依存するしかない。アフリカ、ラテン・アメリカ、中東、そして東南アジア。こうした国々に選択肢はない。二流のワクチンでも50%の有効性があれば、命を救い医療機関への圧力を低減できる。ワクチンがないよりは、よほどましなのだ」

この論文を書いた2人の研究者は、すでに昨年11月5日付で同誌に「中国はワクチン競争で勝利をおさめつつある」という論文を発表していて、「北京は途上国にワクチンを供給することによって、飛躍的に戦略的な利益を得ている」と指摘していた。では、いま、中国にワクチンのデータを公表するように勧めているのはなぜか。そのロジックは次のようなものだ。

このまま評判の悪いワクチンを世界にばらまいて、そのことで先進国のワクチンを含めてワクチン全体への信頼が失われたら、いまのコロナ対策が世界的に停滞してしまう。それは先進国だけではなく、中国にとっても損失である。したがって、中国はワクチンのデーターを公表して、世界の信頼を取り戻すことが得策である。

 これはすぐに分かることだが、中国は「そんなら西側諸国はバカなワクチン買い占めをやめて途上国に分ければいいではないか」というだろう。また、データーを公表していないことについても、「それは中国の製薬会社の勝手であって、買う方がこれまでの実績を見て買いたいというのなら、なんで売ってだめなんだ。取引の自由は資本主義の至上のルールじゃなかったっけ」と言われてしまうだろう。

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もちろん、「西側」のリーダーであるアメリカは、WHOの途上国へのワクチン供給プロジェクトCOVAXに参加する方向らしい。しかし、アメリカは必ずしもワクチンを欲しがる途上国に十分な量を、少しでも早く供給しようという姿勢はもっていない。ということは、中国、ロシアに依存することになり、そして、生産力の圧倒的な中国に傾斜していくという流れは阻止できないことになる。「ロシアが供給を十分に継続できないので、ブラジル、エジプト、インドネシア、トルコなどから、シノヴァックだけでもすでに3億8000万回分の注文があったという」。

 この論文を読んでいて、どこか「甘い」と感じるのは、アメリカはワクチンを「製品」だと考えているのに対して、中国は「戦略物資」と位置づけていることを曖昧にしているからである。そんなことは、著者が前の論文で指摘していたことではないか。もちろん、製品だといってもそこには戦略物資でもあるという認識があり、戦略物資だと位置づけてもそれで儲けようとまったく思っていないことはないだろう。しかし、こうした「非対称」の関係において、どっちが有利かといったら、当然、独裁的国家のほうが有利なのである。

 日本人は忘れてしまっているが、1960年代に日本でもようやく本格的な小児麻痺(ポリオ)のワクチン接種が始まって、そのことで日本の小児麻痺は激減していった。このとき、どこの国のワクチンを分けてもらったかといえば、当時、社会主義の総本山だったソビエト連邦からなのである。

このときも、ポリオ・ワクチンは先進諸国では品切れ気味で、日本では仕方なく、(あるいはソ連支持者たちは喜んで)資本主義の敵から譲ってもらったのだった。そしてこのことが、日本における社会主義およびソ連のイメージをいかによくしたか知れない(著しくモノが不足し、格差はひどく、官僚主義がはびこり、収容所列島があったのに)。もちろん、ソ連はこうした行為を対西側戦略のひとつに位置づけていた。

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いまの中国のワクチン戦略を変えさせようというのなら、アメリカが音頭をとってバカな買い占めをやめさせ、可能な限りの増産体制のため補助金を湯水のごとく注入でもしなければ、ちょっと難しいのではないだろうか。それどころか日本は、いまだに「ワクチン後進国」であるために、かろうじて世界第3位の経済大国ではあるのに、ワクチン研究に資金をまわすことを怠ってきたために、いま、情けない形で出ている。

 そして、不思議なことにそのことを指摘するマスコミはほとんどなく(だいたい、答弁するたびにワクチン接種のスケジュールが後退しているのに、なぜ加藤官房長官は火だるまにならないのだろうか)、また、怪しげな論者の受け売りで、危険なコロナ対策を振り回す政治家たちも、こうした肝心のことは、まったく分かっていないようである。そのうち自民党あたりから、中国にワクチンをもらう案がでてくるのではないのか。

【増補】3月12日 IOC総会でバッハ会長が、選手や関係者に中国が自国製ワクチンを提供する申し出があったと発表した。日本の政府関係者は困惑しているという報道もあるが、ともかく、中国が「善意」で申し出ているなどと考えるのは、まったくの見当違いであることは、上の投稿を読んでいただければ分かるだろう。

日本政府は以前には選手全員にワクチン接種を行うなどといっていたが、ワクチン争奪戦に敗退して国内のワクチン接種すらおぼつかない状態だ。そんなことは分かっていて、中国は一種の仕掛けをしてきているだけのことである。申し出ることで中国の評価は上がるが、日本がそれを断っても申し出たということ自体は残る。日本が受け入れたら、それこそ中国の国威発揚の口実であるだけでなく、これからの世界戦略とビジネスの加速に使うことができる。

しかし、そもそも中国製ワクチンはちゃんとしたデータが発表されていない。そんなものを先進諸国が自国が誇るアスリートに接種されたら迷惑だと思うだろう。また、この提案が日本への根回しもなく、いきなりバッハ会長が異例の発表をしたことも軽視するべきではない。このバッハという人物はスポーツを愛しているのではなく、スポーツにからむ金と権力を愛しているのではないかと思わせることが多い。

いずれにせよ、日本政府は角の立たないやり方でやんわりと断ることになるとは思うが、こんなことになったのも自国のワクチン戦略がまるでなかったためである。また、日本で開催するというのに、その開催ややり方についても多くをバッハに決定を依存しているためである。こんなことをしている日本ならば、それこそ「せっかくだから中国の好意に甘えよう」などと自民党の老政治家が言い出すのではないだろうか。