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東谷暁による「事件」に対する解釈論

コロナ対策の優等生は経済的には失敗する?;パンデミック脱出と経済政策をリンクさせる必要

新型コロナ問題は、いまやワクチンの接種と経済の立ち直りへと移行している。これまでは政治的なコロナ拡散の抑制と、個人的な感染回避が課題だったが、これからはワクチンによる感染の終息化と、政策による経済の再活性化が関心事となっていくわけである。しかし日本は、3月2日の菅首相答弁に見られるように、首都圏の緊急事態宣言を延長せざるをえなくなっている。

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そんなとき、経済紙ウォールストリートジャーナル3月3日付にちょっと気になる記事が載っている。「昨年、コロナ禍に苦しんだ国ほど、経済回復は先行している」というものだ。つまり、アメリカや英国はしゃかりきになってワクチン接種を行うことで、経済の立ち直りは他のコロナ禍が軽かった国より先行しているというわけである。

 中国、タイ、オーストラリアといった国々は国外からの新型コロナウイルス流入を阻止し、感染拡大を徹底的に食い止めてきた。そのことで、他の国がコロナ禍によって経済が停滞するなかで、経済活動をかなりの度合いで継続させ、中国などは昨年の第4四半期は6%台の経済成長を遂げている。

 「しかし、こうした成功によって、これらの国はワクチン接種の緊急性が後退した。コロナ感染者が少なかったからである。ゴールドマン・サックスの推計によれば、大半のアジア(オセアニアを含むらしい)諸国では、人口に占めるワクチン接種割合はまだごくわずかであり、集団免疫は2022年までかかるだろう。それに対してアメリカと英国は5月までに国民の半数がワクチンを接種を終える可能性が高いという」

 つまり、「アジアはコロナ対策で成功したがゆえに、皮肉にも集団免疫の達成で後れをとっている」というわけだ。そのため、「アメリカとヨーロッパはこれから世界最速のペースで景気回復をとげる可能性があるのに対して、アジアでは今のスタートラインはレベルが高いが経済回復のペースが低く、一部では景気がむしろ悪化する危険がある」。

 これまで中国は徹底したロックダウンでコロナ禍を封じ込め、世界でほとんど唯一の高い経済成長を維持してきたといわれた。しかし、今年の春節までに1億万回のワクチン接種計画が4割ていどの達成率で、これからもコロナウイルスの恐怖はなくならない。しかも、昨年の経済成長も年率でみれば2.3%にとどまっており、今年以降の経済成長も5~6%と、以前と同じ程度がやっとだろうという。

 タイの場合にも、コロナ禍を低くすることには成功したといえるが、国境封鎖などの政策によって経済の2割を占めてきた観光が打撃を受けており、これからの観光業も回復は遅いと見られている。そのため、経済成長の予測をくりかえし下方修正しているような状態で、コロナ後の回復には多くの課題が残る。

 ニュージーランドも、アジア系国民が中心でないのにコロナ禍を押さえてきた国として評価されるが、そのために行った経済的孤立がこれからマイナス要因になるという。同国のクック島にあるリゾートホテルは売上が90%も下落しており、これから回復させることができるのかは楽観を許さないというわけだ。

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ゴールドマン・サックスの「予測」には、しばしば大胆なものがあって、話題にはなるが、その的中率はどれくらいなのか、私は知らない。大胆で話題になるのは、同社の予測がこれからの同社の投資戦略と深く結びついているからだ。勘ぐれば同社は、これからはアジアより欧米に投資させようという思惑なのかもしれない。

 とはいえ、「禍福は糾える縄の如し」つまり、良い目にあったら次は悪いことが起こるというのは、常に生じることなので分かりやすい。失敗は成功の母、成功は失敗の父などというのは、日常でも体験することだ。それぞれの国についての分析はそれほど深くはないが、このリポートで指摘されている「皮肉」には一面の正しさがあるだろう。

それぞれの国について分析しなおす必要があるが、ここでは措くことにして、取り上げられていない台湾について少しだけ見てみよう。世界で最も成功したコロナ対策を実行したとされる台湾のポストコロナ移行対策は、どのようなものだろうか。

まず、ワクチン対策だが、台湾が米モデルナ社と505万回分のワクチンを契約したというニュースは、2月10日に報じられ、この地域の情勢に関心を持つ人たちの注目を集めた。また、3月3日には12万回分(11万回という報道もある)のアストラゼネカ社製ワクチンが、台湾に到着したとの報道がなされている。

 注目しておきたいのは、2月18日にファイザーのワクチンを入手する予定だったが、それが「政治的圧力」で頓挫したと、台湾の陳時中衛生相が発言していることだ。おそらくは中国の圧力を示唆しているのだと思われるが、アメリカ製のワクチン契約に中国が介入できるのか、詳しい情報がないので判断できない。

 しかし、台湾の場合、いまや中国による「武力統一」「台湾進攻」が現実のものとして論じられる局面にある。アメリカでも多くの論文が発表されて、その場合の対応が真剣に議論されている。3月1日に中国が台湾パイナップルの禁輸を発表したのは、たんなる「いやがらせ」にとどまらないものであることは容易に想像できる。安全保障の観点からも、台湾はコロナ対策を真剣に緊張感をもって続けているわけである。

さて、わが国について考えてみよう。信じられない人もいるかもしれないが、日本はいまもコロナ対策で世界的に高い評価をされている。人口比の死亡者数が欧米の10分の1以下であり、日本人自身が不思議に思って奇妙な説をつぎつぎと考え出し、その成功の理由を納得しようとしている。しかし、そうした奇説はひとつとして整合性をもって証明されていないので、日本人の必死の取り組みが成功したと考えておくべきだろう。

ゴールドマン・サックスは詳しく取り上げなかったが、ワクチン接種と経済回復への経路の接続は、けっして皮肉なものでもなければ「ほっておけば運が解決する」ものではない。日本の場合、ワクチンの接種時期が政府責任者の答弁のたびに後退しており、しかも、その理由を述べていないのは実に奇妙なことだ。

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また、経済回復の道筋についても、それほど困難なものではないのに、政府は明確な方針を打ち出そうとしない。首相は「自助」にこだわっているだけだ。しかし、現実味がないのは、ワクチン接種に代表されるコロナ対策のスケジュールが立てられないために、それに接続する経済対策も具体的に立てられないからである。

たとえば、どうしても「GOTOトラベル」を復活させたいなら、まず、平日にも大勢が旅行できる高齢者たちのワクチン接種を加速させ、免疫をもっている人に適用を限れば、批判を受けることなく推進が可能になっていく。政策を明確に組み立てていない政府が、これからの見通しを明確に表明できないのは当然なのである。