HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

アストラゼネカのワクチン接種停止;ヨーロッパに広がる過剰な副反応恐怖【増補版2】

【注記】ヨーロッパ医薬品庁は、アストラゼネカ製ワクチンのワクチンを接種することを推奨すると発表し、早い国では金曜日(19日)から接種を再開することになりました。ただ、同庁は同ワクチンが血栓を起こす可能性を完全には排除できないと述べています。この投稿は2日ほど前のものに、その後の経緯を付け加えたもので、この増補版2では簡単な考察(感想)を付け加えてあります。すでに読んでいた方は最後の【続報2】をお読みください。

アストラゼネカ社のコロナワクチンが、血栓を起こすのではないかとの疑惑が持ち上がり、ヨーロッパのコロナワクチン接種に暗雲が漂っている。アストラゼネカ社はもちろん、英国政府も、さらにはWHOも接種に懸念はないと表明しているが、中止する国が急速に増えている。その理由をいくつかの報道から読み取ってみたい。

f:id:HatsugenToday:20210317003205p:plain

とはいえ、ここで英国のメディアから紹介しても意味がないだろう。アストラゼネカ社のワクチンはオクスフォード大学との連携で生み出されたワクチンで、早くから英国のメディアは「英国ワクチン」として報道してきた。今回の事態に対しても、英紙ザ・タイムズは「血栓への過剰な恐怖」と報じ、英経済紙ジ・エコノミストも「過剰安全恐怖」と述べている。

 まず、ヨーロッパ諸国にワクチン接種が広がった経緯については、仏紙ル・モンド3月15日付が次のように述べている。「オーストリアでの看護師の死をきっかけにして、3月8日、ワクチンの使用を中止するムーブメントが始まった。続いてデンマークノルウェーアイスランドネーデルランドアストラゼネカ製ワクチンを冷凍保存し始め、さらにその動きがドイツ、イタリア、スペイン、ポルトガルに及んだ」。

f:id:HatsugenToday:20210316150919j:plain

The Timesより;同紙は繰り返しアストラゼネカ製を報道


フランスのマコロン大統領は、欧州医薬庁(EMA)による精査が16日に完了するまで同ワクチンの接種を停止すると発表したが、ル・モンド紙によれば、EMAの安全会議は3月16日にコメントし、さらに18日に特別会議を開いて正確な情報を発表する予定であるという。また、当局の一人はいまも「コロナを防ぐワクチンの恩恵は、副反応の害に勝っている」と発言している。

 こうしたワクチンへの過剰な副反応恐怖が、どのように展開するのかは予断を許さないが、ル・モンド紙は「1ダースものヨーロッパ諸国がアストラゼネカ社ワクチンの使用を停止したのは、警戒の意味としてのもの」とみているようだ。その点、数日前まで同ワクチンを弁護していていたドイツが15日になって接種を停止したのは、むしろ「驚きであった」という。

 さて、そのドイツだが、独紙フランクフルター・アルゲマイネ3月15日付は「ドイツでもアストラゼネカ・ワクチンを接種停止」との記事を載せて、政府はパウル・エリッヒ研究所の助言に従って停止したと報じている。ただし、同紙もまたこの接種停止は「警戒の意味」だろうと予測している。同紙3月16日付は「ワクチン接種への打撃」という短い記事を載せて、今回の接種停止を次のように批判している。

f:id:HatsugenToday:20210316151040j:plain

faz.comより:停止を決めたドイツ健康相


アストラゼネカのワクチンについては、その是非を判断するのは精査が終わるのを待って、それまで接種を継続するのが正しかった。もし、精査の結果、リスクがあると分かったら、それからやめればよかった。もし、安全だと分かれば、まったく問題はなかったことになる。いずれにせよ副反応はきわめて希なケースなのだ。その例外的な副反応だけでワクチンが危険だと誰が言えるだろう。いま大事なことは現在もコロナウイルスは多くの犠牲者を出しているという事実である。いまのところ、ドイツだけで73000人が亡くなっている」

さて、これは3月16日付のロイターだが、EMAによると、ヨーロッパでは約500万人がアストラゼネカ製のワクチンを接種を受けて、3月10日時点で30件の血栓症の事例が報告されて、亡くなったのは前述の1人である。しかも、ザ・タイムズ3月16日付の記事は、同じ事実を取り上げながら、「昨日(15日)の夜EMAは、EU内で数千人の人が毎年他の理由で血栓を患っている」と指摘し、ワクチンの接種を受けた人のなかで血栓になった人の割合は、一般的割合より高いわけではないと見ている、と付け加えている。これが停止の理由だとすると、かなり過剰な反応だろう。

f:id:HatsugenToday:20210316191233p:plain


ワクチンが副反応をもつというのは、避けられないことで、それは先進国ならどこの国も国民に向けて知らせている。したがって、接種が生み出す益と副反応の害のデータを比較考慮して、ワクチン接種をすべきか否か判断するのは不可能ではない。しかし、不安という感情はこうしたデーターと論理を軽々と超えてしまう。日本でのワクチン接種も、正確に事実を把握して論理的に判断しないと、つまらない袋小路が待っている。

 

【続報】3月18日の午後(日本時間の20時過ぎ)には、ヨーロッパ薬品局(EMA)の発表があり、ドイツ当局は接種を継続するか否かを決める可能性があるという。それを待ってからのほうがいいかもしれないが、いちおう現時点(日本時間13時45分)で気になった報道を紹介しておきたい。

まず、独フランクフルター・アルゲマイネ紙だが、18日付で「EMAがアストラゼネカのワクチンについて、今日、見解を発表する」という記事を掲載している。「アムステルダムの権威筋(EMA)は今日の午後、アストラゼネカ製ワクチンについての決定を発表することになっている。その発表によってはドイツで再び接種が始まるかもしれない」という。そうなれば、他のヨーロッパ諸国にも影響が大きいだろう。というのもル・モンドの記事が触れているように、ドイツが接種停止にしたことが、今回の接種停止が拡散した大きな理由ではないかとみられているからだ。

「ドイツでは現時点でさらに8つの副反応が見られる。20歳から50歳の間の女性に特に集中している。パウル・エーリッヒ研究所によれば、いまのところ3人の死亡が確認されているという(因果関係は不明:東谷)。しかしながら、火曜日(16日)、EMAはワクチンの効果のほうがリスクより勝っていると述べていた。また、WHOも水曜日に同じステイトメントを発表している」

同紙が細かくリポートしているのは、今回の接種一時停止の措置が正しかったのかについての政治家たちのコメントだ。与党CDU党首アルミン・ラシェットは、当然のことながらこの判断を支持し、「政治は科学に従うしかない」とコメントしている。それに対して野党SPDの大物マルー・ドレヤーも、厚生大臣シュパンを批判することはなく、「いま接種ストップを批判するときではない」と述べている。

f:id:HatsugenToday:20210318135457p:plain

この接種停止を引き起こした原因について踏み込んでいるのが、英経済紙ファイナンシャル・タイムズで3月18日付に「アストラゼネカとキャタレントはワクチン製造過程に問題はなかったと反論」を掲載している。EMAが、製造過程においていくつかの処理単位で問題があったのではないか調査中であると述べたことに対しての反応である。

ここに登場するキャタレントとは、米国ニュージャージーに本社を置く薬品製造会社で、アストラゼネカ製ワクチンの製造を引き受けている企業である。まず、EMAのエマ―・クックの火曜日の発言だが、「我々はオクスフォード=アストラゼネカ製ワクチンについて、特定の処理単位に関係する出来事がなかったか、その可能性と信頼性を調査しているところです」。

もちろん、アストラゼネカ社側は「ラボから出荷までの間の40以上の品質コントロール・テストに従ってすべての処理が行われています」と否定。また、キャタレントのヨーロッパ支社長のマリオ・ガリグロはファイナンシャル・タイムズに対して「出荷までのすべての処理において、厳しい品質基準とテストに従っています」。

そう言うのは当然だろうが、この調査についてもEMAはもっと踏み込んだ結果を発表するものと思われる。前出のクックは「処理過程で何か起こったとは思えないが、……しかし私たちはその可能性を排除できないのです」。もし、何も発見できない場合にはどうなるか。前出のフランクフルター紙は、ドイツ当局はアストラゼネカ製は停止を維持して、他のワクチンで接種を続ける可能性も示唆している。ちなみに、キャタレントはジョンソン&ジョンソンのワクチンも製造しているので、このワクチンへの移行も可能性としてはあるわけである。

【続報2】3月18日、ヨーロッパ医薬品庁(EMA)は、アストラゼネカ製ワクチンの接種継続を支持するとの表明を行った。ドイツなどは待ちかねていたかのように、シュパン保健相が19日からの再開を発表した。もちろん、これで問題が解決したわけではない。EMAは血栓を起こす可能性が完全には排除できないと言っているが、それは当然の認識だろう。100%なんてあるわけがない。そもそも、こんなに短時間に確証を得られるほどの調査ができるわけもないのである。同庁クック長官は、血栓症を可能性のある副反応のひとつに加えるとのことだ。

f:id:HatsugenToday:20210319110822p:plain

アストラゼネカ製ワクチンの割合は大きく影響が懸念されていた:bbc.comより


とはいえ、EMAが継続を支持すると表明したことで、各国は再開への一応の「おすみつき」を得たわけで、「警戒の意味」での接種停止から脱して「接種することで得られる利益が副反応による損害を上回る」という判断に戻ることになる。いちおう、独紙フランクフルター紙3月19日付から引用しておく。

「ドイツおよび他のEU諸国は、アストラゼネカ製ワクチンによるコロナワクチン接種を政府の方針に従って月曜日から停止してきた。血栓症を引き起こしたケースがあったからである。EMAのクック長官はEU諸国に接種停止を解禁するように促した。『毎日、数百人がパンデミックのために亡くなっている。ワクチンは生命を救うための決定的な手段となっています』」

今回の事態はこれからの接種推進にとって多くの教訓を残してくれた。我が国にとっても、こうした事態が生まれることは十分に考えられるわけで、真剣で本格的な分析が必要だろう。我が国はこれまでもワクチン接種一般にかんして忌避的傾向が強いといわれており、今回のコロナワクチンでは積極的な割合が高いので、関係者がほっとしているとの話もあった。

f:id:HatsugenToday:20210319111014p:plain

EMA長官のクック氏


感想だけを述べておけば、統計的に見て必ずしも多くはないと思われる血栓の発生が、死者が出たとの情報をきっかけに、ヨーロッパ各国に波及していくさまは、典型的な風説拡散の現象だったと思われる。ただし、今回の場合も分岐点となったポイントがあり、それはドイツがそれまでの姿勢を変えて、接種停止に踏み切ったことである。それはフランスなどでは「驚きをもって」受け止められた。この転換は「研究所の助言による」とはいうものの、やはり政治的なものではなかったかと思われる。

今回のアストラゼネカ製ワクチン接種停止については、「コモドンの空飛ぶ書斎」のほうでも、もう少しデータを入れたものを投稿したいと考えている。