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東谷暁による「事件」に対する解釈論

アルケゴスが起こしたウォール街の嵐;甘く見ないほうがいいと思うけれど

アルケゴスと呼ばれるヘッジファンドみたいな投資機関が、投資資金の出資者に総額5000億円にも達すると思われる損失を与えて注目された。そのなかで最大の2200億円もの損失を出したのが野村ホールディングスで、その次が金額は未発表だがクレディスイス銀行だという。三菱UFJ証券も330憶円の損失となるようで、大きな事件である。ところが、アルケゴスを経営していたビル・ホワン(フアン)という人物が謎に満ちているというので、一時は事の重大性よりも多くの人の関心を引いていた。

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もちろん、すぐにこのビル・ホワンがかつてタイガー・ファンドという一時代を画したヘッジファンドに勤めていたことは報じられた。また、彼がこのファンドのなかで抜群の好成績を上げていたことも分かってきた。そして、さらにはインサイダー取引が発覚して摘発され、結局、膨大な金額の罰金を払って和解したことも判明している。

となると、そんな人物が立ち上げたアルケゴス・キャピタル・マネジメントに、巨額の資金を預ける世界の投資銀行ほうが、おかしいのではないかと思えてくる。これには、いくつもの説明がなされた。

まず、このアルケゴスというのは「ファミリー・オフィス」という形をとっていて、超富裕層からのみ個人的に資金を預かり、それを運用することになっていたので、当局の監視の目が届かなかったという。また、資金の預託にはデリバティブのひとつ「スワップ」を使っていたので、アルケゴスは独自の資産を保有せずに、大胆な取引ができたことなどが指摘された。

 しかし、それにしても巨額な資金が動いたわけで、アルケゴスは資金にレバレッジをかけて8倍の投資を行っていたらしい。実際にはこれが20倍にも達していたという情報もある。ほとんどヘッジファンドなのだから、そんなことは当たり前だと思われるが、ウォール街はいまや株価バブルの真っ最中であり、しかもバイデン政権はさらに3兆ドルの財政支出をやるといっているのだから、そんなに焦らなくてもよいのではないかとも疑問も生まれてくる。

 こうしたいくつもの疑問を、経済マスコミは説明してくれているのだが、ビル・ホワンが敏腕のヘッジファンドの社員で、デリバティブを使って、ファミリー・オフィスの形式を採っていたというのは、あくまでウォール街流の説明で、「あいつ、うまくやったなあ。最後に失敗したけど」というものになってしまっている。もう少し、普通の感覚で説明してくれないものだろうか。

 英経済誌ジ・エコノミスト電子版3月29日付の「ファミリー・オフィスのアルケゴス、野村とクレディ・スイスに巨額の損失をさせる」という記事は、投資の失敗を扱う調子は同じでも、その冷たさにおいて少しばかり異なっている。冒頭で「この週末以前には、ビル・ホワンが経営している、アルケゴス・キャピタル・マネジメントなんか知っている人は、ほとんどいなかった」と始めていることからもそれは分かるだろう。

このアルケゴスがやっていた商売というのは、同誌によればいってみれば株式の売り買いで、買いのほうが売りよりも好調ならばうまくいくわけで、別に特徴のあるものではなかった。まあ、それはそうだろう。ただし、今回に関しては「テック第2列」といったところの、中国サーチエンジン会社バイドゥアメリカの情報コングロマリットであるバイアコムCBSを買い込んだことから、こんなことになったというわけである。

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FT.comより:株式の下落率。うまく逃げたところは下落率が低く、高いところは逃げ遅れたと推測される。


というのも、こうしたテック株はひところは急進していたが、このところ一巡してしまった感があり、バイデン政権の政策もあってサイクルは投資銀行、航空会社、ものつくり企業などに移っていた。それなのに、依然としてテック第2列にこだわっていれば、投資は左前になるのは当然だというわけである。まあ、その通りだろうが、では、そんなアルケゴスに投資していた金融機関は、いったい何を考えていたのだろう。

 ジ・エコノミストは、今回、巨額の損失を被った投資銀行は、結局、アルケゴスから撤退するのが遅れたところで、野村やクレディスイスは身をひるがえすのが遅かっただけなのだという。そもそも、このアルケゴスに資金を預けるという行為自体が「かなりデスパレートなもの」であり、景気が良いように見られている今のウォール街は、実は、そうでもしなければ十分なリターンが得られない、厳しい状態だと指摘している。

 そしてまた、野村とクレディスイスというのは、本拠地である日本やヨーロッパが、ゼロ金利あるいはマイナス金利が長く続いているために、自国での経営があまりうまくいっていない。それで、どうしてもウォール街で大胆な経営をせざるをえなかったのではないかとも推測している。

もうひとつ、アルケゴスの事件では1998年のLTCMの破綻を思い出す人は多いだろうが、実際には「まったく異なる」と述べているのも、経済マスコミとしてはやや珍しい。LTCMはメリウェザーという敏腕の投資家を中心に、マートンやショールズといった金融工学でのノーベル経済学賞受賞者を2人もそろえていた。それに比べると、どう考えても、怪しげな投資家であるホワンに成功を期待する投資銀行は、よっぽどグリード(強欲)ではないのかということになる。

もちろん、こうしたスワップが頻繁に使われている金融市場が、健全に機能しているかどうかについても議論の余地があるだろう。「アルケゴスの事件は、規模が巨大だとはいえ、不運な出来事といえないこともない。しかし、これを、最近の市場のもっと広範な問題に結びつけるのは、けっして大げさではない」。

証券取引にスワップを応用するのは、危険だという指摘は前からあった。また、トランプ政権以来の証券市場が、バブル継続を前提とした投資法に傾斜しているのは否定できない。バブルが膨張するなかで、グリードが亢進し、リスキーな投資を繰り返し、怪しげな人物が跳梁跋扈し、あやうい金融工学を使って相場を動かし、自分たちののぼせ上った行為を正当化するために、危ない投資先から逃げ出すのが遅れる。これはまったくバブル市場の末期的現象というしかない。