HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

ワクチン敗戦の原因を考える;またしても神風思想の蔓延だった?

菅総理大臣は、高齢者へのワクチン接種を7月までに終えるという目標に、あくまで固執しているという報道があった。しかし、残念ながらこの目標はすでに失敗が約束されている。高齢者のかなりの数の人が、接種日を申し出たところ7月どころか、8月とか9月に回されているのだ。これはまごうかたなき事実であり、菅総理はこうした現実の報告を受けていないか、最初からデタラメを言っているにすぎない。

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この首相の頭は、平和な野山を歩き回っているのか


なかには、いまの時点になっても、日本の感染者数や死亡者数が欧米と比べて少ないことをもって、日本はコロナ禍対策に成功しているなどと述べている評論家がいる。しかし、ワクチンが完成してからは、(すくなくともその副反応が許容内のものであることが分かってきてからは、)ワクチン接種のスピードと接種率が、コロナ禍対策の評価のかなりの部分を占めるようになる。この評論家は小泉政権にも「べったり」であり、安倍政権のときも「べったり」だったが、こんどは菅政権に「べったり」の「政権べったり評論家」なのだと思うしかない。

ところで、なぜ日本はいまだに接種率が2.2%低度というみじめなワクチン敗戦国となってしまったのだろうか(先進国は欧州が30%以上、米国は76%)。これはいくつかの原因が考えられるが、菅政権と自民党が最初からワクチン接種を重視してこなかったことが、最大の原因ではないだろうか。厚生労働省もどうかしていたと思われるが、省庁がぼんやりしていたら尻を叩くのが政治家の役割である。その役割をまったく果たさなかった政府与党は、ほどんど犯罪的な失敗をおかしてきたのである。

 たしかに、日本は欧米の先進国に比べて感染者も死者も少なかった。しかし、他国の惨状をつぶさに見れば、何らかのきっかけや、局面の大きな転換によって、日本がコロナ禍の敗戦国になる危険があることは、分かっていたことである。ところが、政府与党にそうした危機感が醸成されなかったというのは、ある種独特のウィッシュフル・シンキング(ご都合主義的な楽観主義)が生まれていたとしか思えない。

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それは政府与党に近い立場にある、異説好みの学者や評論家たちの集団ががなり立てる、「日本人はファクターXがあるから大丈夫だ」とか「日本人にはすでに免疫が成立している」とか、はては「コロナが怖いというのはマスコミのプロパガンダだ」というような、愚にもつかない半端な異説やご都合主義的な大衆社会批判を鵜呑みにしてしまったからである。

いくら今の政府与党がおかしくなっていても、そこまでバカではないだろうと思う人がいるかもしれない。しかし、すでに充分なワクチン接種回数の仮契約もやっていて、それなりの資金も用意できる「経済大国」が、本契約までこぎつけることなく放置し、ここまで後れを取るというのは、バカだったからとしかいいようがない。あるいは、信じると心地よいような(しかし、まったく現実から遊離した)観念に、とりつかれたとしか考えようがないのである。

たとえば、ひところいわゆる保守主義の雑誌に頻繁に登場していた「日本人にはすでに免疫がある」という理論などは、その主張からすればいまごろ日本人はコロナ禍から脱出していなければならない。また、スウェーデン方式をかかげて「若い人たちが感染しても、それは免疫を広げているだけのことだから、集団免疫に貢献している」という話も、まったく間違っていたことを、ほかでもない同国の免疫学者や政治家が認めている。スウェーデンはいまでこそワクチン接種36%を超えて光明も見えてきたが、この1月ころには隣国に「集中治療室がいっぱいのようだから、重症患者の何割かは引き受けましょうか」という提案(独自路線を誇ってきたこの国への皮肉だったという説もある)を受けるほどの惨状だったのだ。

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そんな国が誤って発した昨年7月の「我が国は集団免疫が達成されました」という発表を真に受けて、日本の元厚生省職員や同国在住日本人医師たちが「ほら、やっぱりスウェーデン方式に限る」と称賛した。日本のある評論家は漫画まで描いて持ち上げた。しかし、さすがにスウェーデン衛生当局には、「これはおかしい」と思うまともな研究者たちもいて、このころにシミュレーションを行ったが、その後の経緯は、感染者数も死亡者数もともに、このシミュレーションの最悪値をはるかに超えることとなった。

呆れたのは、「ファクターX」の恐るべき浸透力で、これはノーベル賞受賞者が唱えたためもあったが、ファクターX探しが大流行したものの、いまだにこれだというファクターが分かっていない。好意的に受け止めれば、それはあくまで科学的仮説だったのだから、問題の提示自体は正しいということになるかもしれない。

しかし、そのファクターが何かも分からないままに、「日本にはファクターXがある」というのが、自分たちの無根拠とデタラメを糊塗するために頻繁に使われるようになると、それはほとんど「神風」の思想と同じレベルに達する。神風が吹くから日本は大丈夫だという、一見、日本を信じているようでいて、その実、単なるペテン師の行状そのもの。いかに神風理論家が跳梁跋扈したかは、思い出すのも空しいほどである。

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わたしが疑っているのは、こうした漠然とした「日本は大丈夫だ、なぜなら……があるから」と主張する神風思想が、かなりの割合で政府与党を冒していたのではないかということである。とくに、積極的に何かを仕掛けていこうとする政治においては、こうしたマッチョな思考法や強気の発言というのは、重宝される傾向がある。それは、土木建築プロジェクトや新幹線建設には好ましいメンタリティかも知れないが、微妙にタチの悪いウイルスを制圧するのには、まったく向いていなかったのだ。

かなり多くの日本における与党政治家が、トランプ元大統領とかボルソナロ現大統領の「風邪なみだ」「おれは感染したが気力で生還した」「泣き言をいうな」とわめき立てる代わりに、「日本人には特別な免疫がある」「感染が広がっても集団免疫がすべてを解決する」「日本にはファクターXがある」と連呼し合った。そして、真剣にスタンダードな感染症学の見識も、ウイルスの最新の知見も、ワクチン戦略の本質にも、ろくろく耳をかたむけないままに、このワクチン敗戦を迎えているのだ。なんだか歴史は繰り返すみたいな話だが、事態の異常さからいって、やっぱりそうとしか考えられない。