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東谷暁による「事件」に対する解釈論

米国のインフレが昂進している;短期で終わるか長期となるかの分かれ目

アメリカ経済の回復に世界の注目が集まっているが、5月12日に発表された4月の消費者物価が前年比で4.2%もの上昇を見せてショックを与えた。同日の株式市場はS&P500が2%の下落を示した。こんなに急激に物価が上昇すれば、「金利を上げることを考えることを考えてもいない」と断言したジェローム・パウエルFRB議長ですら、「ひょっとしたら考えるのではないか」との恐怖によるものだとされた。

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では、アメリカ経済全体では、どのような状況にあるのだろうか。英経済誌ジ・エコノミスト電子版5月13日付がコンパクトにまとめてくれているので、ざっと眺めておこう。まず、景気は回復しつつあることは確かだが、それはバイデン政権の巨額の財政支出のお陰で、特に1人あたり1400ドルの給付金が今年前半の消費刺激となったことは間違いない。また、もちろん、ワクチン接種の進展によって、外出が可能になり、それにともなう消費が、需要を増加させているわけである。

いっぽう、そうして生まれた需要に対して供給のほうはどうだろうか。これがどうも停滞しているようなのだ。アメリカの小売業の在庫が、売上の上昇と比べて全般的に低下している。ということは、店舗の売るべきものが払底してしまったことを意味する。とくに、小規模の工場が十分に供給できていないらしく、いまや必死になって操業している。それに対して、大企業の在庫は下落していないようだが、これは大企業が来るべき需要を見越して対策を練っていたか、あるいはサプライ・チェーンを拡大していたからだと思われる。

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The Economistより


とはいえ、全体でみれば需要はすぐには満たされていない。というのも、海外からの輸出がなかなか回復しないからだ。たとえば、中国からアメリカへの輸送は、発注してから数週間はかかるといわれる。(なかには、「アメリカと中国は経済戦争をしているのだから、米中貿易はストップしているのでは」と思っている人がいるが、それは政治的に問題となっている製品が中心で、貿易自体は続いている。今回のバイデン財政で得をするのは、中国の輸出業だという説もあるということを思い出してもいいだろう。)

 さて、では労働の状況はどうか。少し前に労働市場が逼迫しているという報道があって多くの人が驚いた。5月7日に発表された4月の雇用増加も266000人で、これはエコノミストたちの予測より約100万人も低かった。ということは、バイデン財政で刺激を与えていても、すぐには供給側の態勢が整っていないことを示している。

 需要が急激に伸びているのに、供給のほうがもたもたしているので、価格が上昇してしまう。こうした構図は、たとえば中古車市場に典型的に現れている。4月の中古車価格は、なんと10%もの急上昇をみせた。これは人を含めた輸送が急激に回復しているのに、航空や公共輸送はまだ十分に回帰していないので、移動や輸送には自動車を使う傾向が高まっているからだ。輸送の逼迫で大きな影響を受けているのが、コンピューターに使われるチップであり、こちらも品薄となっていることはすでに報道されている。

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財務長官イエレンとFRB議長パウエル


需要に応えようとして企業は必死になっているが、いまのところ輸送に高い費用がかかるようになっているので、どうしてもそのコストは消費者にしわ寄せがくることになる。たとえば、中国からアメリカへの物品の輸送費は、コロナ・パンデミック以前にく比べて、なんと3倍にもなっている。これでは、価格を押し上げるのは当然だといってよいわけである。

こうした、現在のアメリカにおける価格上昇は、もちろん、一過性あるいは一時的なものとみてよいだろう。「しかし、景気回復が進むにつれて、ほかのサプライズがあるかもしれない。財務省の巨大な支出、FRBゼロ金利政策、そして経済の再開は、アメリカを地図のない領域へと押しやっている。これから数カ月の間に、さらなるインフレが昂進する事態にも勇気をもって臨みたいものだ」。

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バイデン大統領のコロナ顧問ファウチ


まあ、ジ・エコノミスト誌は、ざっとこのように述べているわけだが、もうすこしこのインフレを考えるさいに念頭に置いた方がよい問題がある。財務省の支出、中央銀行の金融緩和、経済の回復という組み合わせが、アメリカのインフレを生み出していることは間違いない。しかし、それは永遠に継続するものではないということだ。

すぐに思いつくのは、このインフレがもっと急伸すればFRB金利を上げる可能性が出てくることだが、これはいわれ尽くしている。もうひとつは、バイデン政権の巨額の財政支出の効果も、また永遠に続くわけではないということである。もし、アメリカ経済がコロナ禍を前提とした経済から、ノーマルな状態へ回帰するなかで、いまのモメンタムを失うことがあれば、さらなる財政支出を考えるということもありうる。

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business insiderより;ポール・クルーグマン


こうした事態については、意外なことに「今回のインフレは一時的なもの」と指摘しているポール・クルーグマンが指摘している。クルーグマンは、いまのインフレは1970年代のジョンソン時代のような、ズルズルと続いた失政によって生まれたものとは違うと述べている。そのいっぽうで、5兆ドルにも上る今回の財政支出による刺激効果が、それほど長く続くとは見ていないのだ(「コロナ恐慌からの脱出(38)クルーグマンの最新ポスト・コロナ経済論」)。

 つまり、彼は明確に述べていないが、状況しだいでは「一時的なもの」から「ジョンソン時代のような」、ズルズル続く長期的なインフレに転落する危険もあることを示唆しているのではないか。これは世界的なコロナ禍の蔓延が続けば、十分に可能性が出てくる。世界経済はアメリカと中国だけで、十分に回せるようなものではない。

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