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東谷暁による「事件」に対する解釈論

バイデン大統領がコロナ起源の再調査を命じた;いま情報機関を繰り出す狙いは何か

バイデン大統領が、5月26日、ワクチン政策の成功を自画自賛するとともに、コロナウイルスの起源説について、情報機関に90日以内に再調査するよう命じたというので、報道の世界が沸き立っている。バイデンによれば、中国の武漢において発見されたコロナウイルスの起源については、2つの説があってまだ解明されていないので、改めて調査させるということらしい。

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この2つの説というのは、「武漢の研究機関からの流出説」と「動物からの感染説」で、すでに議論は続いてきた。今年の1月と2月に、WHOの調査団が武漢を訪れて調査をしたが、予想されたとおり中国側は肝心なデータは提供しなかったので、いまだにウイルス起源が解明されていないのは、周知のとおりである。

さまざまな報道がされているが、興味深いのは英経済誌ジ・エコノミスト5月27日付の記事で、ざっとこれまでの経緯をのべたあとで、「バイデン氏の要求で、インテリジェンス(諜報)の世界がいま何か新しいことを付け加えられるというのは、ちょっと馬鹿げた考えだ」と冷たく論評している。別にジ・エコノミスト習近平のカタをもっているわけではなく、結論からいうと、中国側がコロナ感染についてのデータをすべて明かすなどの協力がないかぎり(そして、それはありえない)、本当の解明は無理だということである。

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The Economistより


バイデンがいまになってこの問題の「解明」に乗り出したというのは、ワクチン接種が急速に進んで、国内政治においてややゆとりが出たということもある。しかし、そもそもはトランプ大統領が、コロナ・パンデミックにおける中国の責任を追及するさいに、情報機関が研究機関からの流出説のエビデンスを示してくれたと主張したことにある。ところが、情報機関はそんな報告はしていなかった。

前出の2つの説うち、研究機関からの流出説は、コロナウイルスは実は中国が開発した秘密兵器だったという説と合体して、とくに共和党系の政治家やその支持者たちに流布したといわれる。これはいかにもありそうな陰謀説で、医学専門誌ザ・ランセット2月号で専門家たちが「コロナウイルスは自然起源ではない(人工的に作られた)と示唆する陰謀説を強く否定」しても、いまも一定の信奉者をもっている。

 今回のバイデン発言によって喜んでいるのは、トランプが言っていたことは正しかったと確信を深めた共和党のトランプ派と、ほかでもないトランプ自身のようである。トランプは米誌ニューヨーク・ポストへのメールで、「私には最初から分かっていた。いまになってトランプが正しかったと皆がいっている」と述べている。しかし、例によってこれから起こることと、実は微妙にずれているのを知らないふりをしている。

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いま、マスコミの主流は、ランセット誌が支持する動物からの感染説で、それはサーズの場合には中国も認めていたから、この仮説も抵抗なく議論できるかというと、そうでもないのである。中国はトランプが激しく中国の責任を追及したことに反発して、逆に、アメリカ起源説を唱えている。人をあやしいという奴がいちばんあやしいというわけだが、この説を信じている人は中国以外ではあまりいないだろう。

とはいうものの、アメリカとしても中国を「無罪放免」する気はない。そうした政治化された論争を、間接的に支持してくれる新たな援軍もあった。科学雑誌サイエンス5月13日号は「偶然による研究機関からの流出説も動物からの感染説も、可能性としてはいまも残っている」と断じたのである。もちろん、流出説といっても「偶然による」のだから、中国が意図的に行ったと言っているという兵器説とは違うが、その可能性が否定されたのでもないわけである。

こういう状況のなかで、バイデンが再調査を言い出したというのは、コロナをめぐる不毛な議論に、終止符を打とうとしていると思う人もいるかもしれないが、もちろん、そうではない。ジ・エコノミストが指摘しているように、そもそも問題を蒸し返したこと自体が「中国に対する直接の非難」と考えるべきだろう。政治は、生まれたばかりの赤子ですら、使えるものは使う。

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かなりうまくいっているように見えるアメリカのワクチン政策だが、コロナ禍そのものを完全に解決するのは、まだまだ先である。ここらでトランプも使ったカードを、別のやりかたでバイデンが使ったとしても、少しもおかしくはない。この悲惨な事態を生み出した犯人は中国なのだという「憤り」を(たとえ、事実ではないにしても。そして何らかの責任が中国にあるのは確かだから)、改めて思い出させるのは政治的に有効だとバイデンは思っているのではないだろうか。