HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

テレワークからどう脱出するか;始めるより止めるほうが難しい

これからワクチン接種が加速して、通常の状態に戻るなかで、これまでのテレワーク(リモートワーク)はどのようになっていくのか。それは実は世界中で、かなり大きな問題となっている。せっかく、自宅で仕事ができるようになったのだから継続して欲しいと思う労働者もいれば、生産性が上がらないのでオフィスに戻して仕事をさせたい経営者もいる。

f:id:HatsugenToday:20210630155048p:plain


考えるヒントのひとつとして、英経済誌ジ・エコノミスト6月28日号に掲載された「オフィスへの帰還は去年の脱出よりもむずかしい」との記事を取り上げてみよう。サブタイトルが「経済が再開するにつれ、雇用者は大きな問題に直面している」というもので、全体から見るとマダラ状としか言いようのない複雑な状況を伝えている。

 すぐにでも社員をオフィスに戻して、以前のような活気のある経営をやりたいと思っているのは、米国ウォール街の経営者たちに多い。たとえば、ゴールドマン・サックスのCEOであるデイヴィッド・ソロモンはテレワークはあくまで「逸脱」と考えてきたし、モルガン・スタンレーのジェームズ・ゴードンなどは、「もうニューヨークのレストランに行けるのだから、オフィスに戻るのは当り前だ」と述べている。

f:id:HatsugenToday:20210630155345j:plain


ところが、同じ金融業でもヨーロッパの大手金融機関は、むしろ生まれた柔軟性を重視しようとしている。スイスのUSBなどは、レポートのなかで社員の3分の1が「ハイブリッド」な仕事のやり方を評価している。つまり、オフィスに来たり自宅でやったりを是認する方向なのだ。英国のナットウェスト銀行では、フルタイムをオフィスで過ごすという働き方を支持しているのは8人に1人でしかない。

 悩んでいるのはハイテク企業のCEOたちで、フィグマの共同創始者ディラン・フィールドは、雇用ルールを厳しくすると被雇用者が辞めてしまうことを憂慮している。フェイスブックはフルタイムの被雇用者に常態的にテレワークをしてもよいという見方をしており、ツイッターなどは同社のスタッフの多くに、そうするのがいいならテレワークを続けてもいいと話しているという。

産業界全体で見てみると、保険会社のプルーデンシャルが2000人のアメリカ人に調査した結果では、パンデミックの間にテレワークをしていた人の87%が、規制が緩和されたのちもテレワークを続けたいと考えている。同じ調査ではテレワークをしてきた人の42%が、もしテレワークが出来なくなったら、他の仕事を探そうかと思っているという。

f:id:HatsugenToday:20210630155427j:plain


また、同調査によると、テレワークがたまにならいいが、普段はまったくやりたくないと述べているのは5人に1人にすぎないという。さらに、最近のヨーロッパでの1万人調査では、79%の労働者が、雇用者が被雇用者にオフィスで働くように強制するのを禁じる法律を支持している。

 こうしてみると、もはや雇用制度は柔軟性を持たせて自由選択にして、ハイブリッドな労働制度に移行しているような印象を受ける。しかし、ここで注意しなければならないのが、雇用側(経営)が言っているのか、被雇用側(労働)が言っているのか、しっかりと仕訳をしなければならないということである。

 このジ・エコノミスト6月28日の記事は、用いているデータや発言が雇用側であったり被雇用側であったりするので、実は、現実をうまく整理しきれず、きわめて曖昧なことを述べているにすぎない。そのことは、同誌6月6日に掲載された「労働者はオフィスに戻りたいのか 被雇用者は自宅で生産性を向上させたというが、それは楽観的観測にすぎない」というデータおよび記述をみれば明らかになる。

f:id:HatsugenToday:20210630155527p:plain


まず、労働者側のイメージを、上のグラフで見ていただきたい。ポーランドあたりは労働者が自宅で生産性を上げたと思っていないが、メキシコなどでは抜群の成績をあげたことになっている。注意したいのはアメリカで、同国の労働者の多くは労働生産性が上がっていないのが分かっていて、他の調査データと合わせて考えれば、労働生産性を上げていないテレワークの継続を望んでいることになる。これは国民性も関係しているだろうが、いずれにせよ労働者側の見方であることは、もうひとつの下のグラフに現れた、経営者側のイメージがかなり違うからである。

f:id:HatsugenToday:20210630155556p:plain


労働者側と経営者側のグラフでは、必ずしも同じ国が出ていないので推測の域を出ないが、平均(Average)を見るだけでも、双方のテレワークに対する受け止め方の違いが、大きく乖離していることが分かるだろう。これはもちろん、双方とも主観的なものといってよく、経営者側はオフィスに社員を戻してバンバンやりたいと思っているが、労働者は通勤しないで自宅で仕事ができるなら、そのままがいいと思っている人が多いわけである。ここでも注意したいのはアメリカで、生産性が上がったという経営者も多いが、下がったという人も多い。ジ・エコノミストは経営者が公平な判断をしようと努力した結果だとしているが、ここには過剰期待が関係しているのではないだろうか。

興味深いのは株式投資家の判断で、さきほどの6月28日号の記事によると、労働環境がフレックスでハイブリッドだと企業の評価が高くなるので、特定の企業に投資する立場としては、オフィスに戻ってこいといっている企業よりも有利になると考えているという。また、同じ理由でフレックスでハイブリッドなイメージによって企業評価を高めようと考えている経営者もいるわけで、そこらへんの判断がともかく利益を上げようと意気込んでいるウォール街の経営者たちとは違うわけである。

f:id:HatsugenToday:20210614211016p:plain


すでに、このブログでは「リモート・ワークは生産性を下げた?;これから常態に戻るさいの教訓を読む」で、もっと厳密に社員のパソコンから直接データをとった、シカゴ大学ベッカー・フリードマン研究所のリポートを紹介しておいた。これによると社員は生産量を維持していると思い込んでいるが、実は、労働時間が伸びているので労働生産性がかなり下がっていることが指摘されていた。

もうひとつ、このリポートが指摘していたのは、テレワークでは管理職が部下の指導に自信を持てなくなり、ひんぱんにテレビ会議を繰り返すことで、ますます労働生産性を下げてしまっていることだった。興味深いのは、日本の調査でも似たような結果がみられることだ。たとえば、日経BPの調査では、生産性が下がっていると思っているのは課長と経営者・役員であり、実はリーダーシップがうまくいっていないと感じているのである(下のグラフ)。

f:id:HatsugenToday:20210630173705p:plain


これまでのところベッカー・フリードマン研究所のような厳密なデータは多くないものの、それでもいえることは、まず、雇用側と被雇用側のテレワークに対する評価が大きく異なることで、これは客観的なデータを用いて精密に検討すべきだろう。もうひとつは、ハイテクを開発する企業(職種)とハイテクを使用する企業(職種)では、テレワークの評価が大きく違うのは当り前のことで、この点についてはかなり客観的に比較できるはずである。

 日米ともにハイテクを開発する仕事についている人は、継続してテレワークで仕事をすることによって生産性を上げている例は多い。これは集中する継続した時間が必要だからで、通勤時間や職場の付き合いがないほうが、生産性は高まるに決まっている。もちろん、そのことが健康にとってどうか、家族との関係はどうかというと、それは別の問題になるわけだが。

f:id:HatsugenToday:20210630155825p:plain


いっぽう、たとえば職場がパソコンだらけで、なんとなくハイテクな感じがしても、ウォール街の投資会社などは、アグレッシブなリーダーのもとで、次々と新しい局面に対応していく必要があり、同じフロアでの切磋琢磨型オフィスが成績を上げるかもしれない。いっぽう、同じ投資機関でも、個人プレーが重視される場合には、同じオフィスで情報を交換し合って課題に取り組むことは少ないので、テレワークでもそれなりの成績をあげることができる。

 問題はジ・エコノミストが取り上げているような、地域性や文化性、あるいは民族性などになると、あまりに錯綜していて、問題を整理するだけで文化人類学比較文化論になってしまい、とりとめがなくなる危険があるだろう。ジ・エコノミスト6月28日号があえてあげているリサーチ会社の調査は、「アメリカの黒人インテリ労働者のなかで、オフィスでのフルタイム労働に戻りたいのは3%しかいない。いっぽう白人のインテリ労働者の場合は21%にのぼる」と指摘している。このデータは興味深いが、かなり微妙な問題を含んでいると思われる。

f:id:HatsugenToday:20210630214434p:plain


日本の場合も、前出の日経BP以外にも多くの調査がなされているが、露骨なテレワークを売らんかなのコマーシャルベースか、同じ基準でないのが難点である。しかし、この問題は外国の多くのリポートを参考にすると、意外に日本のケースでも多くのヒント(あくまでヒントだが)が得られるような気がする。