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東谷暁による「事件」に対する解釈論

集団免疫神話が終わるとき;英国のコロナ規制が解除されるとどうなる?

英国では7月19日に、これまでのコロナ関連の規制をすべて終わりにするというので、賛否の議論が盛んになっている。なかでも大きいのは、このまま規制をやめてしまって、感染拡大がひどいことになるのではないかという憂慮だろう。そもそも、日本でもいろいろいわれた「集団免疫」が、まだ成立していないのではないかと思う人もいるかもしれない。

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英紙ザ・タイムズ7月11日に論説委員のドミニク・ローソンが「集団免疫、受け入れ難い政策」という小論を書いている。一言でいって、もはや集団免疫は問題にされていないのだが、最初の英国のコロナ対策が集団免疫をあてにするものだったので、いまも正しい議論だと錯覚されているという指摘である。

この指摘はこれまでの世界のコロナとの格闘を振り返れば正しい。集団免疫説は、免疫をもつ人が一定以上の割合になると、感染がストップしてしまうから、それを目指せば無理のないコロナ対策が立てられるという仮説(あくまでも仮説)から始まっていた。ところが、それが仮説どころか金科玉条のように崇め奉った自称専門家たちによって、さまざまな奇説が作り上げられたのである。

もっとも危険だったのは、コロナは若い人が感染しても症状が軽いので、若い人たちにどんどん感染させて、その一方で、感染すると重症化あるいは死にいたる高齢者との間を遮断すれば、集団免疫の達成が早まるという説だった。この説に対しては、若者と高齢者との間を完全に遮断するなどということは不可能であって、いつの間にか若者たちから高齢者に感染が進んで、悲惨なことになるとの批判があった。また、そもそも集団免疫という仮説が正しいのかも、分かっていないとの根本的な懐疑が表明された。

そしていまや、これらの批判と懐疑が正しいことは、多くの事実が証明している。昨年の7月、いったん感染と死者の数値がゼロに近づいたことで、スウェーデンの当局は先走って「わが国は集団免疫を達成した」と発表した。同国内だけでなく外国のスウェーデンの医療を崇拝している専門家たちが、「ほら、スウェーデンはすごいだろう」と沸き立った。とくに日本の自称専門家たちは勝ち誇ったように語った。

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スウェーデンの死者数を示すグラフ。現在、14601人が亡くなっている。人口比で日本に置き換えれば17万人弱。昨年7月に同国当局は集団免疫達成を宣言したが、それがとんでもない間違いだったことは今や明らかである。抑え込んだのはワクチン接種であって、少なくとも1回接種した割合は7月9日現在で約55%に達している。


ところが、秋に入ると急速に感染が再開され、死者の数もそれまでの3倍近くにまで達した。こうした馬鹿げた政策の失敗があったからこそ、同国の国王が「わが国はコロナ対策に失敗した」と言わざるをえなかったのだ。死者率はフランスやイタリアに比べれば低いものの、人口比で日本での数値に置き換えれば17万人弱が亡くなっている。

 驚くべきことは、日本の評論家や知識人のなかには、いまだにこの事実を受け止めることができずに、「スウェーデンは多少の死者は甘んじて自由を重視した」とか、「スウェーデンの事例は何を幸福と考えるかを教えてくれる」などといっている人がいることだ。15万人の高齢者が若者に感染させられて亡くなるのが、多少の死者を甘んじた故の幸福なのだろうか。さらには、世界中のまともな免疫学者が否定している「若者たちに感染させても、老人たちとの間を遮断すれば死者は増えない」との誤謬を信じている、お間抜けな日本の有名人がいまも存在することは情けないとしか言いようがない。

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コロナ禍に対する各国の規制の度合いを示すグラフ。スウェーデンはロックダウンこそ宣言しなかったが、規制の度合いは他国のロックダウン並みに強かった。同国内でもパーシャル・ロックダウンとかローカル・ロックダウンと呼んでいる専門家がいた。感染数と死者数が拡大したのは、集団免疫仮説にこだわったこと、自国の方針にこだわりマスクの推奨が遅れたこと、最後の局面では英国株(ケント株)の拡大などであろう。


さて、先ほど述べたザ・タイムズの論説だが、コロナ・パンデミックが英国を襲った当初に、政策立案にかかわった「専門家」をまず批判している。集団免疫仮説によって感染を促進させようとしたが、それはまったくの失敗に終わり、何度ものロックダウンを経て、いまの回復はひたすらワクチン接種のお陰であることを強調している。

かつて、麻疹のワクチンを子供たちに接種するキャンペーンのさいには、集団免疫を目指すというのがスローガンになっていて、それは必ずしも間違いではなかったが、圧倒的な割合のワクチンによる免疫が必要だった。ただし、そのころ集団免疫説はワクチン接種の目標を立てるための作業仮説だった。

 当時、麻疹ワクチンの接種にあたった友人がローソンに語ってくれた話によると、「ワクチンを接種するのは、集団免疫(ハード・イミュニティ)を達成するためにも必要なんです。あなたのお子さんの免疫は、集団免疫の一部にもなるんです」と説明したところ、母親は怒って「うちの子は、群れ(ハード)なんかに加わっていませんよ」と反論したという。これはささやかなエピソードだが、こうした集団免疫達成のための作業仮説は、専門家たちの間では理解されても、一般の人には分かり難いものだった。

 こうした強制的な(そう思わせる)ワクチン接種を批判する(あるいは嫌悪する)反発もあるので、いまでは先進諸国のおいては、ひたすら「ワクチンはまず自分を守れる」と説明するようになっている。どこかの独裁国ように接種しない奴は罰金だ禁固だというのは、もちろんやらない。それは日本でも同様だが、集団免疫神話は根強いので、いまもおかしな説を唱える有名知識人が絶えないのである。

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さて、このローソンの論説は、実は、ジョンソン首相が7月19日にコロナ関連の規制を解除することと、英国の12歳以下の子供たちにファイザー製ワクチンを接種を許可したことの間の矛盾を突くのが中心的テーマである。

前者はワクチン政策の当然の帰結で、完全ではないものの、まあ、これから夏で感染率が下がるから、規制解除は「いまやらないで、いつやるんだ」と述べたジョンソンはそれほど間違ってはいないとローソンは示唆している。集団免疫はあてにならないものの、デルタ型やサッカー欧州選手権などで1日に3万人の感染者が生じていても、死者数1日29人まで減っていることをもって、解除のレベルまで来たと見なすしかないという、消極的賛成といったところだろう。

12歳以下は感染しても症状は軽く、英国の高齢者の多くはすでに免疫を持っているのだから、後者はなおも集団免疫説の論理だけが残っているというわけである。ただし、これがデルタ型対策だと考えるには、ちょっと無理がある。というのは、いまのファイザー製ワクチンでは、デルタ型の重症化は緩和できても、感染そのものを高い効果で阻止できないからだ。

もう少し補足しておこう。すでにコロナの重症化を防ぐための免疫は、英国の高齢者の9割には備わっている。そして、デルタ型の感染を阻止する効果は64%程度だが、94%の重症化阻止の効果があるといわれている。そこで、症状が軽くほとんど死亡しない子供たちに接種するのは、あまり意味がない。「12歳以下の子供たちは人口の22%」であり、彼らには「自然な感染による免疫」でもいい。それでも英国の集団免疫は(その説がたとえ正しいとしても)、いちおう達成されたことになるではないか、というわけである。

 ここらへんは、論理的には成立しそうだが、ひとつ間違えば先ほどの日本の知識人と同じことになってしまう。たしかに、高齢者の免疫は9割だとしても、たとえば、12歳以下の子供たちの症状がどの程度のものか、発症する確率はどれくらいか、後遺症はないのかという点は気になる。スウェーデンの専門家たちも、実は集団免疫を目指していながら、あれほど大きな穴があるとは思っていなかったはずだ。さらに、こうした論理はデルタ型でも通用するのか、もう少し細かいところまで知りたいところである。

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日本のコロナワクチン接種率:日本経済新聞 7月12日現在のデータ

 

日本の場合はどうなるのかという問題が残っている。これは今の時点ではそれほど難しくない。まずは高齢者のワクチン接種をひたすら進めて、いまの英国並みの免疫保有率を達成することだ。オリンピックだろうが、バカな閣僚の発言があろうが、ひたすら高齢者のワクチン接種を進めることだ。いま2回目で高齢者の約47%、海外の例を見ていると、高齢者が2回目で70%くらいになると、様子はかなり変わってくるはずである。ただし、これは集団免疫の数値ではない。

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