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東谷暁による「事件」に対する解釈論

英国の1日の感染者5万人を超える;なにがこの悲惨な状態を生み出したか

英国は、まるでコロナ禍の見本市になり果てているかのようだ。7月17日には新規感染者が1日で5万人を超えて世界にショックを与え、同月18日には閣内のサジド・ジャビド保健相のコロナ感染が明らかになる。ジョンソン首相を含む閣僚が濃厚接触者となって自主隔離に入ったが、検査が陰性であれば免除される新ルールを使って復帰すると発表した。ところが、国民の「不公平だ」との声に配慮して、再び自主隔離に戻っている。

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7月19日には、いよいよコロナ関連の規制を全面撤廃になるが、そのいっぽうで、サッカー欧州選手権の決勝が行われたウェンブリー競技場で、チケットを持たない多くの人間がゲートを破って観戦していたことが判明した。しかも、試合場の警備員や保安員が謝礼をもらってゲートを開けた疑惑が持ち上がった。このときの対イタリア戦では英国が敗北したが、試合での盛り上がりがコロナ感染を加速したのは間違いないと指摘されて、踏んだり蹴ったりの結果だった。

いまのところ、19日の規制廃止を中止するという話は出ていないようだが、複数のコロナ専門家たちが、1日で感染者は10万人に達成するという警告を発し、たとえば、ロックダウンの理論家で科学者アドバイザリー・グループのニール・ファーガソン教授は、今年中に1日20万人の感染という事態も起こりうると発言してショックを与えている。

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 The Timesのビデオより;チケットをもたない人たちが観戦に殺到


 「1日の感染者が10万人を超えるのはほとんど確実です。新規入院も1日1000人に達するでしょう。いまや現実の問題として、その数値が2倍、あるいはそれ以上になるかどうかというところまで来ています。確率は今のところまだ低いものの、1日で2000人の新規入院、1日に20万人の感染者になる危険だってあるのです」(BBCでのファーガソンの発言)

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The Timesより;再び同じ悲惨を繰り返すのか


英国は少なくとも1回のワクチン接種割合が国民の68%を超えているのに、なぜ、こんな事態になるのか不思議に思う人もいるかもしれない。しかし、感染が減ってきたあたりで、急激に日常生活に戻り、マスクもやめてしまい、さらにサッカーの国際大会を開催して海外から大勢の選手と観客を呼び込み、抱き合いながら歓声を上げていれば、感染の前提条件が根本的に変わってしまうから、少しも不思議ではない。

 コロナ規制をすべて撤廃すると宣言したジョンソン首相ですら、いまや「これまでと同じルールにこだわって欲しい」「マスクはつけて」などと言いだしているほどなのだ。ならば、19日の規制解除を考え直すかといえばそうではない。死者数が1日に20人台に下がったのを根拠として、「いま解除しなければ、もう永遠にできなくなる」という切羽詰まった心理にはまり込んでしまっている。しかし、死者数もいまや50人ほどに上昇し、さらに増えることが予想されている。それを阻止するには、まず感染者数の急増を止めなければならない。

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少なくとも1回ワクチン接種を受けた割合


少し前に「集団免疫」は必ずしも正しい仮説ではないと述べたが(「集団免疫神話が終わるとき;英国のコロナ規制が解除されるとどうなる?」)、そのさい、スウェーデンなどの集団免疫を前提とした対策の失敗に触れておいた。しかし、集団免疫仮説を疑う理論的根拠をあげておかなかった。一般人が、この仮説の微妙さについて考えるには、細かい数値計算は必要ない。いくつかの、なかなか成立しにくい前提があることを、思い出してみるだけでいいのだ。

まず、感染が広がっている地域がひとつの完結した空間として仮定されている。次に、ワクチンの効果は時間に制約されるので、接種がいっせいに行われる、あるいは短時間のあいだに行われると仮定されている。さらに、パンデミックを引き起こしているウイルスが同じもの、あるいはほとんど同種のものであると仮定されている。

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少なくともこの3つが前提となっていることを思い出しただけでも、それはまさにいまのような状態では、危うい議論になる可能性が大きいことが分かるだろう。もちろん、変異株が発生しても、それまでのワクチンがまったく効かなくなることはないにしても、その有効性は下がるとみておかなくてはならない。

 英国の事例を、そのまま今の日本に当てはめる気はない。そもそも、ここまで楽観的になれるほど日本人は大胆ではない。しかし、コロナ禍にとことん痛めつけられた英国の教訓を、まったく無視するというのは、あまりにももったいない。さらには、未知の部分がまだ多く残るコロナ禍に対して、かなり傲慢な姿勢だということができるだろう。

 

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