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東谷暁による「事件」に対する解釈論

中国のデルタ株対策が熾烈をきわめている;自国のワクチンが信用できない苦しさか

中国の新型コロナ対策は、武漢以来、徹底的に封じ込めるのがその中心的手法である。だから、デルタ株に対しても、すこしでも感染拡大の兆候が見られれば、徹底的に封じ込めようとするのは当然かもしれない。しかし、その激しさを細かに見ていると、どうも、それだけではない理由のあることが明らかになってくる。

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いま中国はデルタ対策と経済対策とのジレンマに悩んでいる


まずは、そうした激しい封じ込めの例からみてみよう。英経済誌ジ・エコノミスト8月17日号によれば、最初にデルタ型のコロナ感染が見つかったのは、7月20日、南京空港でのことだった。それが8月10日までには12地域ほどに拡散した。中国が他の「ウイズ・コロナ」を受け入れている国と違うのは、このときも徹底した「ハードコア」の処置を講じたことだったと同誌は述べている。

 具体的には、広範囲のPCRを実行して妥協のない隔離を行うことだが、その程度がきわめて激しいもので、たとえば、症状がみられなくとも検査が陽性の人は病院に送り込んでしまい、陽性となった人間とわずかでも接触していた者は、同じく例外なく隔離される。

 その結果として、8月10日までに、毎日20件を上回る陽性が確認され、5万808人が隔離された。また、政府は不要不急の旅行を原則やめるように奨励し、感染がもっとも広がっている南京市と鄭州市の新学期開始を延期した。この規制レベルはゴールドマンサックスの研究部門によれば、昨年の4月なみの厳しさだという。

 もちろん、こうした強い規制は経済に影響を与えないではいなかった。8月12日時点で空港の輸送量は全キャパシティの38%まで下落し、また、感染が広がる12都市の交通量はコロナ・パンデミックが始まる前の水準にくらべて12%低下した。交通量が減ったということは、それだけ経済が停滞するということで、野村の中国主任エコノミストであるティン・ルーは、次の四半期のGDP伸びを0.3%と推計し、今年の中国のGDP伸びを8.9%から8.2%に下げた。

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ジ・エコノミストモルガンスタンレー中国当局のデータを使って試算したものによれば、6月から7月にかけて、製造業、投資、小売、不動産の広い範囲にいたって下落がみられる(上図)。こうした中国経済の停滞は、中国の株式市場を直撃して8月10日から(17日までに)、株式指標のCSI300は4%マイナス。また、鉄鉱石の価格は7月から21%下落し、銅の価格も5%の下落をみている。

さて、冒頭で触れたテーマに戻ろう。なぜ、中国はデルタ株に対して、「ハードコア」あるいは神経質なまでの対応を繰り広げるのだろうか。ジ・エコノミストが指摘している理由は2つある。ひとつが、新型コロナの感染を武漢で封じ込めることによって、逆に、中国ではコロナに対して免疫をもっている人が少ないことである。これについては、「しかし、中国ではワクチンの接種が100%といわれているのだから安心ではないか」という人がいるかもしれない。

そこで、ふたつめの(最大の)理由となるが、その自国製ワクチンの効果が低いことが明らかになるにつれて、デルタ株によって爆発的感染が起こるのではないかとの不安が高まっていることである。これは繰り返し指摘されてきた(このブログでも述べてきた)ことだが、コロナ対策がうまくいった国ほど、ワクチン戦略が拙劣になる傾向があり、その後の爆発的感染が危惧されるようになっているのである。

 こうした中国の状況を見て、日本はワクチン接種が遅れたものの、なんとか追いついてきたので安心だと思う人がいるかもしれない。しかし、それはかなり危険な認識というほかない。日本もまた世界レベルでみればコロナ対策がうまくいった国であり、だからこそ自民党や政府に油断が生まれて、ワクチンの買い付けで苦戦したのである。そしてまた、いまや少し挽回すると、こんどは再び「やっぱり風邪なみだった」とか「やっぱりインフルエンザと同じだった」などという言説が力を盛り返しているのだ。

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The Economistより:港湾の動きを見れば、経済の動向がわかる


今の時点で風邪なみに見えたり、インフルエンザと同じに見えるのは、これまでそれなりに対策を講じ、国民がかなりの程度応じてきたからである。再び「風邪なみだった」とか「インフルエンザと同等」とか言い出している無責任な評論家たちが、これまでどれほどそのとき次第のデタラメを語ってきたか、いまこそ思い出したほうがいい。そして同時に、中国の極端なハードコア路線についても、正しい意味での「他山の石」として、日本のこれからのコロナ対策に生かすことを考えるべきだろう。