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東谷暁による「事件」に対する解釈論

習近平のイデオロギー的な独裁政治;それは大躍進か、それとも文化大革命か

経済の論理からいうと、最近の習近平がやっていることには、おかしなことが多すぎる。不動産バブルを抑制するために、デベロッパーへの資金の流れを断ってしまい、恒大集団を破綻に追いやった。そうかと思えば、二酸化炭素の排出量をゼロにすると宣言して、エネルギー供給に甚大な支障を生み出し、全国的な電力不足を引き起こしたりしている。

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不動産バブルについては何度かこのブログで書いているので、そちらを読んでいただきたいが、エネルギー抑制政策が生み出した電力不足について、興味深い資料があったので紹介しておきたい。英経済誌ジ・エコノミスト10月2日号に「中国経済への最近のショック:電力供給不足」という短い記事に添えられた図版である(下図)。

本文はだいたい次のようなものである。少なくとも中国における19の省が、無計画かつ無差別的な電力不足に陥っている。このなかには中国経済の中心地域が含まれている。その多くの地域では石炭価格の高騰が最大の原因となっている。また、10の省は政府の決めた厳しい環境基準を守ろうと必死だ。野村証券は、中国経済が、今年の第2四半期に比べ、第3四半期には減速すると見ている。

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電力不足は工業地帯を中心に全土に広がっているといってよい


図版を見ればわかるが、政府が決めた基準が未達かつ供給制限を受けている省と、供給制限を受けている省を合わせると、広大な中国のかなりの部分を占めている。こんな状態になれば、コロナ禍をねじ伏せてきた中国といえども、経済減速は避けられないのが当然といえるだろう。さらには、数日前に恒大集団の株価の下落がとまったと報じられたが、それは中国政府が恒大集団を救済するほうに賭けている、投機家たちの危うい動機を反映したもので、実際にはまだ解決の糸口が見えていない。

こうした奇妙にも思える中国の転換は、多くの論者が指摘するように、毛沢東を思わせるような「共同富裕」のスローガンを繰り返すようになった、習近平の近年の政策転換に根差していることは間違いない。ただし、その路線変更がどの程度深いものであるかの判断によって、これからの方向はかなり異なるものに見えてくる。

いちばん多いのは、中国共産党内部に大きな亀裂が生じており、近年の急速な中国経済発展を支えてきた幹部たちが、習近平に対して政治的に大きな脅威になるところまで来たという解釈である。巨大なネット通販アリババを育てたマー氏が政治の圧力で第一線から退かされた事件に見られるように、政治的支配が不可能になる前に、多少の犠牲を払っても、新しい勢力の結合を阻止しておこうとしているという見方である。

したがって、習近平の攻撃対象は経済の成功を背景に、政治的に自分に逆らう勢力を排除するのが目的であって、それがある程度達成されれば、いまの経済発展路線は続けると予想する。いっぽう、習近平が考えていることは、そんな単なる権力争いではなく、本心から共産主義への道を再び歩もうとしており、この場合には鄧小平が打ち出して市場経済を取り入れた「先富論」(豊かになれるものから豊かになる)を、全面的に否定するものになっていくだろうと予測することになる。

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大躍進では害鳥を駆除して害虫が大発生した


いまの習近平の路線変更を、当面だけの権力争いとしてみる場合には、生じてしまう失敗を1958~61年の「大躍進」になぞらえる。この大躍進では毛沢東の指導のもと、農産物の収穫量を増加させるために、中国全土で雀を網でとらえる運動を展開した。ところが、その結果、雀がいなくなったために、害虫が大量に発生して、かえって農産物の収穫量が下落し、餓死者が大量に出たという、笑えない冗談のような話が思い返されることになる。また、人民公社ではみんなが参加して小さな炉で製鉄を行なったのはよいが、できた鉄は質が悪くて使えなかったといわれている。

しかし、今回の習近平の転換を大躍進程度で済まないと予想している論者たちは、大躍進よりは1966~76年の「文化大革命」の最新版になってしまうのではないかと憂慮する。つまり、毛沢東の経済政策の失敗を受けて、資本主義的な方法を導入して台頭した劉少奇たちを「走資派」と攻撃した、弾圧政治の再来だという考えるわけである。それは革命の推進というのは名ばかりで、少年である紅衛兵たちを煽って政治的敵対者を排除した、破壊的手法が復活しているのではないかと恐れるわけである。同じく政治の道具でも、陰湿な政争が延々と続くことになり、また、少年たちを闘争に駆り立てることで将来を担わせる人材を失い、生まれた損失は巨大なものとなった。

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文化大革命では10年余も政治闘争を続けた

 

いまのところ、「大躍進」のレベルにも達していないように見えるのは、政治的敵対者たちを次々に拘束していないからであり、おそらく習近平は父親や自分自身が文化大革命によって苦痛を味わったという経験から、政治および経済の根本的なイデオロギー的闘争には向かわないと見るのが、いまのところ希望的な見方といえる。

しかし、中国共産党の過去にとどまらず、中国の歴史を振り返れば、いったん始まった政争が熾烈をきわめ、時間の経過とともに思わぬ方向に雪崩をうって進み、予測すらできなかった破壊的な結果を生むということは珍しくない。いずれにせよ、いまの習近平の妙に理念的な独裁政治が、弊害を生み出していることは間違いない。

いまのままでは中国全土のみならず世界への影響は大きい。大躍進や文化大革命の当時は、中国は世界で孤立していたし、国際経済への影響もほとんどなかった。しかし、現在の経済規模や政治的パワーを考えれば、たとえ大躍進のように3年ほどの政争でも、影響はきわめて大きいものになるだろう。

 

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