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東谷暁による「事件」に対する解釈論

中国が台湾に侵攻するとき;その条件を海峡危機論争から読み取る

中国の習近平が、10月9日、「台湾統一を必ず実現する」と演説して、台湾およびアメリカなどの台湾支援国を牽制した。これは辛亥革命110年の式典のなかでのことで、必ずしも武力統一を意味したものではないというが、同月7日に台湾の国防部長・邱国正が、「中国は2025年には全面的に台湾に侵攻できる能力を持つ」と発言している。同月1日から4日にかけては、中国の戦闘機が149機、海峡を飛び交った。台湾海峡はますます緊張を高めていると言わざるを得ない。

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すでに、アメリカでは中国が台湾侵攻に踏み切った場合のシミュレーションがいくつか発表されており、国防総省ランド研究所のシミュレーションでは、何度やっても台湾を支援しようとしたアメリカが「撃退」されるという結果がでて、衝撃をあたえた。また、専門家たちが中国の準備が整うのは、5年から6年以内と予測していたので、台湾の邱国防部長の発言も、これまでの研究の延長線上にあると考えてよいだろう。

最近は『フォーリン・アフェアーズ』7月/8月号に、オシアナ・S・マストロが「台湾の誘惑:なぜ北京政府は武力に訴えるのか」を寄稿して注目された。マストロはスタンフォード大学フリーマン・スポグリ国際研究所の主任研究員で、中国は軍事力によって台湾を統一し、「ひとつの中国」を目指す可能性が濃厚になってきたと論じている。

「中国の高官たちは、彼らが軍事力を使う権利はあるが、いまのところテーブルの上にはないと言い続けてきた。しかし、この数カ月の間に、北京政府が平和アプローチと練り上げた軍事よる統一とを、再考している兆しが見えるようになってきた」

では、中国がこれまでのアプローチをやめて、軍事的な統一を目指して成功する可能性はあるのか。マストロによれば「それは議論の余地があるものの、北京政府は4つの方面から準備を続けてきたことは間違いない」という。第1が人民解放軍によるミサイル攻撃と空爆、第2が台湾の封鎖、第3が米軍の介入を阻止する方法、第4が台湾への上陸というわけだ。

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まず、ミサイル攻撃と空爆だが、「人民解放軍はこれらによって、まず台湾の軍隊と政府の武装解除を求め、さらに民間人にも武器を放棄させ、台北政府に中国への降伏を強要する」。また、封鎖作戦によって「台湾を、海上はもとよりサイバー空間においても、すべての外の世界から切り離してしまう」のだという。

そして同時に、米軍の介入を阻止するわけだが、「ミサイル攻撃と空爆によって接近してくる米軍を撃破し、戦闘の最初の段階で米軍が台湾に支援するのを困難にしてしまう」。最終的には、台湾に上陸して「中国は水陸両用の機動部隊が陸上を制圧することになる。おそらくは、最初に沿岸近くの島々を攻略し、場合によれば絨毯爆撃によって攻撃して、それから陸海空軍が台湾本土に侵攻する」。

一般的な議論としては、中国の人民解放軍はいまも米軍の総合力にはかなわないが、台湾海峡という限られた戦場での急襲においては、人民解放軍のほうが有利に展開することができるのだという。ただし、第3の米軍の介入を完全に阻止できなければ、第4の台湾上陸は難しいものとなってしまう。「第1から第3まではなんとか達成しても、第4は成功が保証されているわけではないのである」。

この論文のなかでマストロは、かなり微妙な議論をいくつかしている。そのなかでも注目しておくべきは、台湾侵攻を決断するかどうかは、結局のところ「中国のリーダーが抱いている勝利のチャンスについての受け止め方であって、勝利のチャンスそのものではない」という。つまり、習近平が台湾統一をどのくらい価値のある目標と考えているか、であるというわけだ。そして、習近平は「ひとつの中国」の達成に高い価値をおいていることは、周知の事実といってよい。

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もうひとつ注目してよいのが、マストロは今の段階で「中国があえて台湾を侵攻するはずがない」と考えるのは、「ウィッシュフル・シンキング」、つまり、「希望的観測」に過ぎないと述べていることだ。たとえば、先ほどの4つの準備で考えれば、第3の米軍介入の阻止という岐路において、米軍に時間を与えないことが何より大事なのだが、この難関をうまく通過できれば成功率は急激に上昇する。その高い成功率を認識したとき、急襲するという決断は、少しも非現実的なものとは思えなくなるわけである。

「いいかえれば、いったん北京政府が決断してしまえば、米軍を抑止できるという事実は、米軍への攻撃の十分に現実的なインセンティブになりうるということなのだ」。おそらく戦争の決断というものは、歴史を振り返ってみても、マストロが述べているように、ぎりぎりのところで心理的要素に依存すると思われる。ヒトラーのベルギー侵攻しかり、日本海軍の真珠湾しかり。戦争を指導する者の心理状態によって、勝利への確信も大きく変わるのである。

さて、このマストロの論文は注目されると同時に、多くの批判も生まれることになった。フォーリンアフェアーズ誌は9月/10月号で「海峡は危機か?:台湾への北京の脅威についての論争」を掲載して、論文への批判とマストロの反批判を掲載している。ここではマストロの反批判を少しだけ紹介しておこう。

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マストロによれば、彼の論文に対する批判は次の3つに集約されるという。第1に「中国は、水陸両用の機動部隊による侵攻ができるだけの軍事的資源がない」という批判。第2に「侵攻にかけるコストは、習近平に決断を思いとどまらせるに十分なほど高い」という批判。第3に「中国は統一という最も重要な目標を達成するために、無期限といってよいほど長く待つことができる」という批判である。

こうした批判に対してマストロは、「新しい根拠がない」「すでに論文で述べた」と不満げだが、ひとつひとつに丁寧な反論を試みている。たとえば、第1の批判に対しては「中国には台湾海峡で延べ数百万人の兵力が動かせる」と反論。第2の批判に対しても「政治的判断においてはコストよりも、抱いている目標の価値が問題になる」と再論している。さらに第3の批判に対しては、「習近平は彼の統治下において、中国統一を達成したいと考えている」と述べて、時間的制約があることを指摘している。

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もうひとつ、現在の時点で考えてよいのは、恒大集団の破綻危機によって始まっている不動産バブル崩壊の行く末である。すでにこのブログの「習近平のイデオロギー的な独裁政治;それは大躍進か、それとも文化大革命か」で述べたように、習近平は急速にイデオロギー的な性格を強めているように見える。

この経済的危機が、習近平の支配力を弱めているとの観測も出ている。このとき、権力の維持という、もうひとつの重要な目標が、中国の統一達成という目標と、接続されるという事態はないのだろうか。そうした事態になれば、中国だけにとどまらない、大きな危機を孕んだ国際問題になる確率は、いちじるしく高まるだろう。