HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

日本が立つ2つのフロント;わが国は経済でも防衛でも最前線にいる

日本はいまも世界の「フロント」に立っている、と言われれば、冗談でしょうと言いたくなる。あるいは、それは逆説的に言っていると思うだろう。しかし、英経済誌ジ・エコノミストが12月11日から電子版に掲載している「最前線に立つ日本」というスペシャル・レポートは、少なくとも本気で「最前線」と述べているのである。

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同誌が日本をちょっと変わった視点で取り上げるのは、ひとつの伝統となっている。古くは同誌日本支局長だったビル・エモットが、1980年代に多くのレポートを書いただけでなく、1990年に『日はまた沈む』を出版して、経済的繁栄を極めた日本は実は多くの欠陥を抱えており、これからしばらくは没落すると論じて、激しい論争を巻き起こしたことが挙げられる。

また、2005年には当時同誌編集長になっていたエモットが「日はまた昇る」という特集を組んで、長期的停滞を続けていた日本にも、新しい動きが見られると論じたのも、必ずしも予測としては的中しなかったが、話題になったことは明らかだった。このときも、特集記事に加筆した『日はまた昇る』は、翌年、日本で書籍として刊行されている。

さて、今回はどのような取り上げ方をしているのかといえば、「日本は世界のフロント(最前線)に立っている」と集約できるが、その意味はやはり単純なものではない。このリポートは序文的部分を除いて7つの章からなっているが、ここでは2つ、経済と防衛について書かれた章について、ほんの少しだけ紹介しておきたい。

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The Economistより:日本は国債金利をゼロとした先駆けだった


まずは経済からだが、世界経済において「フロント」にあるというのは悪い冗談としか思えない。しかし、このフロントの意味が「長期停滞」と「低インフレ、低金利、低成長」の最先端にあるという意味だと言われれば、なんだ、そんなことかと思うだろう。しかし、これは考えてみる価値がある指摘である。

たしかに、このところ世界の先進国はインフレ傾向にあるが、相変わらず低金利で低成長のままなのだ。このままいけばスタグフレーション(高インフレ、低成長)に落ち込んでいく危険性を感じている人たちも多くなっている。しかも、その傾向は同誌が掲げているグラフ(上図)を見れば、実は、日本などとは異なると思われている先進諸国が、同じように低金利に収束していく傾向があるではないか。

「このところ高インフレが生じているが、国債市場を見れば長期停滞がすぐに戻ってくることを示唆している。その大きな原因は人口動態である。つまり、日本は高齢化して萎縮していったが、それは単に他国に先駆けていただけのことだ。いまや日本はそうした状況に順応しており、他の国は同じことを真似しようとしている。そのため、何人かの経済学者は日本経済に新しい光を当てて見直しているのである」

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The Economistより:日本の国民1人当たりGDPは回復している


こんなのはフロントといってもちっとも偉くないし、また、ありがたくもないが、日本が経験したことが世界にとって役に立つなら、それはそれでもって瞑すべしということになるかもしれない。もちろん、日本がのたうちまわって低金利で巨大な財政赤字を何とかコントロールし、さまざまな政策で安定を試みているが、結果として「国民一人当たりGDP」は、このところ上昇していると、同誌はグラフ(上図)を掲げながら注意を喚起している。

もちろん、ここには統計的錯覚といってよいものがあり、人口が急速に減っていけば、GDPを人口で割った数値は上がっていくだけのことともいえる。しかし、それを微妙な調整によって(たとえば、税額を課税標準で割った「限界税率」を一定に保つなど)、むしろ統計上はより豊かな国に導いているのだ。これは、これから日本の後を追っかける国々にとって、参考にならないわけがない。

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The Economistより:与那国島自衛隊台湾海峡問題の最前線にいる

 

さて、もうひとつの防衛については、対中国の問題がクローズアップされる。取り上げられるのは日本最西端の与那国島で、まさにここは世界の対中国の「フロント」にある。ちょっとダジャレみたいだが、それを否定できる人はいないだろう。しかも、世界において中国にもっとも警戒感を持っている国は(これも下のグラフで示されるが)日本に他ならない。

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The Economistより:中国への警戒感で最前線にいるのは日本人だ


しかも、ここからが重要なメッセージだが、台湾海峡において米中の激突がいつ起こるか分からな現在において、実はすでに、日本の「自国防衛隊」つまり自衛隊はそのときのための準備を始めている。日本の軍事力はかなりのもので、与那国島に詰めている自衛隊幹部は「われわれが今や事態への第一対応者となっています」と語っているのだ。ほとんど、日本の自衛隊台湾海峡危機の最先端にいるといってよい。そして、そのことを最も自覚していないのは多くの日本国民なのである。

「すでに『日本の軍事力はけっして小さなものとは言えない』と、『日本再軍備』を書いたシェイラ・スミスは語る。潜水艦は16隻から22隻に増強され、そのため中国が計画を変更したほどだった。昨年、日本とオーストラリアはそれぞれのテリトリーで軍事力を動員する協定に同意している。日本がアメリカ以外でこの種の協定を結んだのは最初のことだった」

しばしば、日本はいま長期停滞に陥っているから、まず、経済回復を達成すれば、それから軍事問題にもゆとりが生まれると議論する人がいる。しかし、それは奇妙な倒錯だろう。もしそうなら、1980年代にすでに日本は軍事問題にもっと積極的になっていてよかったはずである。しばしば軍事戦略は、中国に典型的なように、経済成長をほぼ無視して(あるいは経済成長に先行して)決定されていく。

それは実は、いまの日本でも同じであり、1人当たりGDPが上昇しているのならば、いまの状況で増強は当然とされてもおかしくない。ただ、日本の場合にはそれが積極的にニュースに取り上げられないし、また、自分たちに貼った虚偽のレッテルである平和主義に幻惑されて、国民が話題にしたくないだけなのである。