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東谷暁による「事件」に対する解釈論

中国の「ゼロ・コロナ」は維持できない;オミクロン株がもたらした新しい条件

中国のコロナ対策はこのまま維持できるのか? オミクロン株が登場することによって、この疑問はますます強いものになっている。これまで中国は新規感染が見つかるたびに、その地域の感染疑惑者を全員隔離するといった「ゼロ・コロナ」戦略を採用してきた。しかし、もしオミクロン株が桁外れに感染力の強いものなら、この戦略は採れないのではないのか(西安ロックダウンについては【追記】を参照のこと)。

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中国のコロナ対策はひたすら強権による封じ込めだった


数日前もウォールストリート紙(12月15日付)が「中国のコロナ・ロックダウンは無理になりつつある」との記事を掲載して「昨年は、中国のロックダウン方式は、他国に先駆けて経済を再開するのに貢献し、輸出を加速させた。しかし、今年は、権威主義的な感染阻止のやり方は経済コストが高くつくようになってきた」と指摘している。

この問題を考えるには、オミクロン株がどのような性質をもった新しいコロナ・ウイルスなのか、分からなければほとんど判断がつかない。しかし、WHOは当初は「2週間ほど」と述べていたのに、いまだにオミクロン株の性質は漠然としていて、専門家の間でも意見が分かれている。

英国のBBC電子版は「オミクロン株がわれわれに教えてくれるのは何か」(12月16日付)を掲載しているが、感染者が多い南アフリカのデータからのリポートでも、まだまだ漠然としている。せいぜいいえるのは「これまでの変異株には見られないほどの速度で感染が広がっている」というデータと、「オミクロン株が以前の変異株より毒性が弱いという証拠はない」という警告以外は、断言できることはないようである。

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bbc.comより:オミクロン株の感染力が強いことは間違いない


しかし、これまでのデータをもとに推測することはできる。すでに英経済誌ジ・エコノミストはオミクロン株が登場して間もない時期に、この新変異株が中国にとってどのような意味をもちうるか、いくつかの可能性を示唆する記事「オミクロン株は世界経済に何を意味するか」(12月4日号)を掲載していた。

ちょっと古いと思われるかもしれないが、オミクロン株の性質が「感染拡大が速く」「毒性が弱いとは限らない」という大枠の認識は変わっていないので、まず、かなり長期的に見ているこの記事をたたき台にして考えてみよう。「最新」の研究については、そのあとに紹介することにするので、お急ぎのかたは、そちらからご覧いたさきたい。

まず、オミクロン株は少なくとも世界経済にとって3つの危険をもたらす。第一が、強い規制が必要になることで先進国の経済成長に大きなダメージをもたらす。これは分かりやすいだろう。第二の危険は、すでに高いインフレーションが始まっている経済に、さらなるインフレ加速がかかる。これはデフレではないかと思う人が多いと思うが、いまの消費傾向がモノに傾斜しておりサービスに向かってないので、サプライチェーンの復活が進まないかぎり、インフレ傾向が続くというのだ。そして、第三が、中国経済の減速である。

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ジ・エコノミスト誌の見るところ、現在の中国経済には3つの障害が生まれている。第一が、不動産業界における負債危機、第二が、民間企業に対する政府のイデオロギー的な攻撃、そして第三が、継続は不可能と思われる「ゼロ・コロナ」政策の弊害であり、この「ゼロ・コロナ」はちょっとした感染が起こっても、大規模なロックダウンと隔離を行うので、その地域の経済成長を下落させるだけでなく、世界から中国を孤立させることになるという。

こうした状況のなかでオミクロン株の感染拡大が広がるとどうなるのか。まず、このオミクロン株は「感染力が強い」ことは共通認識になっているが、問題は「毒性がどの程度」なのかは分からないことだ。そこで毒性が「きわめて強い」「既存の株より強い」「既存の株程度」「既存の株より弱い」「ほとんどインフルなみ」で、中国にもたらす影響を考えてみよう。

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問題なのは既存の株より毒性が弱いとき


まず、「きわめて強い」と「ほとんどインフルなみ」は外しておく。前者は確率論的には可能性は低く、後者であれば保健行政上の問題はあまりなくなる。「既存の株より強い」と「既存の株程度」の場合には、当然のことながら中国政府は「ゼロ・コロナ」を続けようとするだろう。問題は「既存の株より弱い」場合でも、やはり強権的な「ゼロ・コロナ」を続けてしまう可能性が高いということだ。これはある意味で無駄な努力となってしまうだろう。そして、この「既存の株より弱い」となる確率は、南アフリカのデータを見る限り高いと思われる。

これはいまの中国経済の障害の第二であるイデオロギー的な要素が、実は国内の政治闘争に関係しており、政策の変更にはかなりの抵抗が生まれることが予想できるからだ。つまり、他の国の場合には、オミクロン株の毒性の度合いによって政策を変更していくのに対し、中国は政治的な要素によって、経済へのマイナスの影響をものともせず、なおも「ゼロ・コロナ」を続けるということだ。

そして、この点が決定的だが、オミクロン株は感染力がきわめて強いので、感染者の数はこれまでよりはるかに多くなると考えるべきだろう。ということは、ロックダウンも隔離もいまよりはるかに規模が大きくなることを意味している。しかし、それでは国内をさらに消耗させて経済の混乱を長引かせ、海外との関係をさらに悪化させるだけのことである。

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wsj.comより:強権的政治だからこそ可能だったゼロ・コロナ


さて、オミクロン株の「最新」の研究を紹介しておこう。ジ・エコノミスト12月17日号の「オミクロン株の拡散は世界にとって何を意味するか」(なんだか同じようなタイトルが多くなっているが、ま、問題意識が同じということだろう)では、新しい2つの研究が紹介されている。

ひとつが、英国でのデータから分かってきたことだが、オミクロン株はワクチンと感染によってできた免疫を回避する性格があるので、ファイザーアストラゼネカのワクチンを2度接種した人でも、感染阻止の有効性は20%にまで落ちるという。特にウイルス感染によって生まれた免疫の有効性は19%でしかなく、ほとんど効かないといってよい。

もうひとつが、インペリアル・カレッジ・ロンドンのチームが中心になった研究で、2回のワクチン接種では有効性が下落するのは同じだが、ファイザーでもアストラゼネカでも、第3回目の接種(ブースター)を行うと、感染阻止の有効性は55%から80%にまで高まるという、まことに希望のもてる予測を示しているのである。

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中国政府はオミクロンに対してどのような対策をとるのか


さらにこの記事は、これまで強い規制で「ゼロ・コロナ」を達成してきた中国、オーストラリア、ニュージーランドが、オミクロン株の登場で「微妙な立場」に陥ってしまうことも指摘している。これらの国で、第3回目の接種をしてから海外からの入国を許可することになったとしても、おそらく大規模な国内感染が起こるのは避けられないというのである。

しかも、第3回目の接種以後に入国許可を行っても、強い免疫の層が形成されるまでには数カ月を要すると予想している。最悪の場合には高齢者の免疫力が、この間、弱まってしまう事態もありうると同誌は指摘している。こうした他の国に見られない危機の可能性は、「ゼロ・コロナ」の度合いが強かった中国において最も高いといえるのではないだろうか。前出のジ・エコノミスト12月4日号は、中国製のワクチンにおける低い有効性は、オミクロン株に対してはさらに有効性が下がると予想していたが、いまだにメッセンジャーRNA型のワクチンをもっていない中国にとって、この予想は現実となりつつある。

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wsj.comより:中国経済とオミクロン株との「相性」は悪い?


付け加えておくが、ここで使用した「ゼロ・コロナ」という用語は、完全にコロナ感染をなくすという意味ではなく、中国などが採用した徹底したロックダウンと隔離を用いる、かなり強権的なコロナ政策のことである。また「ウイズ・コロナ」という言葉があり、しばしば、この言葉を使いながら、人間はウイルスと「共生」すべきだと主張する人がいるが、どの程度の「共生」なのか(これまでの生活はあきらめて感染するままに放置するのか、人間がこれまでの生活ができる程度にゆるやかな規制を実行するのか)曖昧なままに使うことが多いので、私は注意が必要だと思っている。

 

【追記】12月22日、中国の西安市は、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐためロックダウンを宣言し、翌23日から実施した。西安市の住民は1300万人。一世帯につき1人が1日おきに必需品を購入するために外出することは許される。市外への移動は禁止された。西安市以外にもベトナム国境近くの東興市が12月21日から旅行者と貨物の通関を一時停止しているとの情報もある。東興市の場合、新型コロナウイルスの感染は1人だといわれ、中国のいわゆる「ゼロ・コロナ」の厳しさを示したが、こうした対策が、中国でも始まるオミクロン株の感染でも可能かといえば、おそらく大いに疑わしいだろう。