HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

【増補】「ファクターX」探しはもうやめたら?;理研の国内発表は誤解を誘発している

【文末にかなり増補してあります】面白いことは、しばしば役に立たないことが多い。もちろん、面白いことは人びとを楽しませて、気持ちを快活にさせてくれる効果があり、直接に役に立たなくても貢献することがある。しかし、まだ役に立たないことが分かっているのに、面白い話に仕立てて役に立つように見せるのは、場合によれば大きな災厄を生み出してしまう危険がある。

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まずは、専門用語は気にしないで、次の文章を読んでいただきたい。「今回、共同研究グループは、日本人に多いヒト白血球型抗原(HLA)タイプのHLA-A24:02に結合するSARS-CoV-2のSタンパク質中の同定に成功しました。季節性コロナウイルスに対する記憶免疫キラーT細胞は、このエピトープを交差認識し、SARS-CoV-2に対して抗ウイルス効果を示します」。

これは理化学研究所の生命医科学研究センター免疫細胞治療研究チームが、12月8日に発表した「新型コロナウイルスに殺傷効果を持つ記憶免疫キラーT細胞」と名付けられたプレスリリースの冒頭近くにある文章である。翌日には多くのマスコミが取り上げ、「ついにファクターXを発見した」との声もネット上には広がった。

要するに、これまで言われていた交差免疫が働いて、新型コロナの重症化を防ぐ「ファクターX」となることが分かったのであり、しかも、その働きをするのが、欧米人には少なく日本人には多いヒト白血球型抗原(HLA)タイプのHLA-A24:02だというわけである。これは大きな発見ではないのだろうか。もちろんそうだろう。

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しかし、ここですでに疑問が生じる。では、ほかの感染低率国の場合はどうなんだろうか。たとえば、中国、韓国、台湾、それからオーストラリア、ニュージーランドなど。私は12月9日にこの報道を知ると、前出のプレスリリースをネット上からプリントアウトして、2度ほど目を通し、さらに分かりにくいところを繰り返し読んだ。

不思議なことにこのプリントには、ヒト白血球型抗原(HLA)タイプのHLA-A24:02が多い国民が他にいるのかどうか、その可能性がある国の名前もまったくなかった。実験の手順やその成果が意味することなどは丁寧に書いてあるのに、そんな当然のことがなかったのである。「まあ、明日になれば一斉に批判が報じられるだろうな」と思った。ところが、次の日もまったくそうした動きは見られなかったのだ。

ただ、日本経済新聞12月10日付の「日本人6割持つ白血球の型、『ファクターX』か」との記事の電子版のあとについたコメントで、ジャパン・インターカルチュラルのロッシェル・カップさんが「Nature誌のサイトに掲載された論文を確認しましたが、日本人と欧米人との比較やファクターXが書かれていません。なぜ日本国内向けに研究成果を発表するとき、その点に重点を置いているのでしょう」と書いていた。

つまり、もともとの論文は理研のグループが、日本人には多い「HLA-A24」について研究したものを、日本国内向けに発表するさいには「ファクターXの発見」の話に仕立てたプレスリリースを配り、そしてまた日本のマスコミのほうも、それを分かっていて「ファクターX」のテーマで報道したということなのである。

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その後、もしファクターXの発見だったのなら、もっと大騒ぎになっていいのに、マスコミは静かで、追いかけて報道するところも同じような文章を並べているだけで、何の新知見も加えられていなかった。「これは、どうやら勇み足の研究発表で、マスコミも付き合いで報じただけだったのかもしれない」と思った。

ところが、12月25日になってから友人から、「ワシントン・ポスト理研をめぐるドタバタをからかっていたぜ。おれは東スポで読んだ」という話があったので、ワシントン・ポスト紙に当たってみると、すでに12月22日付に「世界にオミクロン株が爆発しているとき、日本ではコロナの感染は押さえられている。それが何故なのか誰も知らない」という記事があることに気が付いた。タイトル回りに「Riken」という語がなかったので気がつかなったのだ。

「この研究は今月、日本の最大の科学研究機関である理化学研究所によって発表された。同研究によれば、新型コロナウイルスに抗体反応をする白血球が、日本人の60%にあることが分かった」とあって、それは「HLA-A24」と呼ばれており、「東アジアに広く認められるものであり、日本と韓国を含む諸国では新型コロナウイルスに対して軽症ですんでいる」。そして次からが問題なわけだが、「しかし今は、この2カ月の間、まったく異なる経験をするようになっている」と書いてある。つまり、日本はいま感染が少なくなっているが韓国は急増しているわけである。

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W.P.comより:日本の感染はいま低下して推移している

 

まず、12月8日に配られたプレスリリースには、まるで東アジアでの研究がまるでないようにも読めるように書いてある。さらに、それを報道したマスコミもまったくといってよいほど、東アジアについての同類の白血球型抗原の存在を述べているものはなかった。しかし、異なるメディアが「日本人の6割が持っているが、欧米人は1~2割しか持たない」とか「この型は、日本人の6割が持っていますが、欧米人では1~2割の人しかもっていない」と報じている。これはあまりにも不自然なことといってよい。

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W.P.comより:韓国はいま急速に感染が増加している


こんなことが起こるのは、記者たちがまったく東アジアでの白血球型抗体(あるいは似たような現象)について質問しなかったか(そんな間抜けな人たちではあるまい)、あるいは口裏あわせてそのことは書かないことにしたかである。もし、後者であるとするなら、これは大きな問題ではないだろうか。なぜなのだろうか。理研だからなのだろうか。ファクターXがそんなに大事なのか。あるいは他の要素があったのか。

いずれにせよ、新型コロナに関する情報は、よけいな制限や粉飾をしないで正確に国民に伝えることが求められている。いまの国民の心理からいっても、歪んだ情報は危険であるだけでなく、余計な配慮も思わぬ事態を生みだす危険がある。地道なファクターXの研究は続けるべきだろう。しかし、ただの面白本位の探索ごっこ・報道ごっこは、もはや危険領域に入ったというべきだ。

 

【追記】オミクロン株が急速に感染拡大しているせいか、理研の発表に再び注目が集まっているようだ。しかし、そもそも厳密な東アジアや他の地域との白血球型抗原の比較を含んでいないのだから、研究者たちではなくメディアのほうが軽挙妄動というべきだろう。今回は、必ずしも専門家ではないが、朝鮮半島だけでなく類似の白血球抗体をもつモンゴルや北南米大陸のネイティブとの比較も考えてみた(2022年1月7日)。

日本人の成り立ちについては、各種の遺伝子から分析する方法が発達しており、それによれば、まず、縄文人とみなされる原日本人がいたところに、中国と朝鮮半島から入ってきた弥生人の要素が混合したという説が有力である。白血球型抗原での研究がないものかと探したところ、中岡博史氏ほかの「HLA遺伝子多型からみた日本人集団の混合的起源」を見つけた。

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詳細は同論文にあたっていただきたい。また、論文の著者たちはこのような引用のされかたをするとは想定していないはずなので、読む方はあくまで「参考」だとしていただきたい。とはいえ、この論文は日本人と新型コロナと白血球型抗原との関係について、かなりのことを教えてくれるように思う。

それでは、これくらいの断りを入れたうえで始めよう。まず、同論文は日本と朝鮮半島だけに存在するHALとして「HLA–A*24:02–C*12:02–B*52:01–DPB1*15:02–DPB1*09:01」をあげている。ところが、いまの日本人に見られるが朝鮮半島にはない「HLA–A*24:02–C*03:04–B*40:02」の存在も指摘している。(つまり、ひと口にHLA–A*24:02といっても、さらにいろいろあるわけだ)日本には後者があったところに、前者が後から(民族移動によって)加わったと考えるのが妥当なわけである。この現象は縄文があったところに弥生が入ってきたという、これまでの他の遺伝子をもちいた仮説を支持している。

さて、それでは朝鮮半島には見られない「HLA–A*24:02–C*03:04–B*40:02」のほうは、日本以外にはないのかというと、そうではない。台湾のヤミ族アリューシャン列島のアレウト族、アラスカのユピック族、中央アメリカのインディアンなどに分布していると論文は指摘している。つまり、縄文人と同じ白血球型抗原をもつモンゴロイドが、ベーリング海峡を越えて(当時は繋がっていた)新大陸に渡ったわけである。さらに、血清学での「HLA–A24–Cw10–B61」は同じものだというが、これがシベリア、モンゴル、バイカル湖で認められるという。

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中原博史他「HLA遺伝子多型からみた日本人集団の混合的起源」より


残念ながらこうした抗原を、それぞれの地域の人が何%持っているかは不明だが、ともかく「HLA–A*24:02–C*03:04–B*40:02」が分布している地域の新型コロナの感染状況を見てみたくなる。たとえば、モンゴルはある時期までは感染が少なくて知られていた。しかし、これも残念なことに、最近は急速な感染拡大で苦しんだとのニュースが届いている。北米や中米でも、インディアンやインディオの子孫はコロナに感染しにくいという話は(少なくとも研究成果としては)聞いたことがない。

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ということは、いまのところHLA–A*24:02の白血球型抗原が、新型コロナの感染や重症化を阻止するとは言えず、また、日本もデルタ株やオミクロン株に対して、白血球型抗原があるから大丈夫だと思い込むことは、実に危険ということになる。