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東谷暁による「事件」に対する解釈論

スウェーデン国王夫妻がコロナに感染;この国のパンデミック対策を改めて見直す

スウェーデン国王夫妻が新型コロナに感染したと、1月4日付のニューヨーク・タイムズが報じた。もちろん、世界のマスコミは同日すぐに報道したが、不思議なことに日本ではあまり注目されなかったのか、目立ったかたちではニュースにならなかった。次はニューヨーク・タイムズの記事の一部である。

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「カール16世グスタフ王とシルヴィア王妃は、月曜日の夕方に受けた新型コロナの検査で陽性だったと、スウェーデン王室報道官が火曜日に公表した。王は75歳、王妃は78歳、『症状は穏やかで気分はいまのところ良好』だと報道官は述べている。お二人は2度のワクチン接種だけでなく追加接種も受けていた」

もちろん、スウェーデン国内でもすぐに報じられ、たとえば同国の大衆紙エクスプレッセンは「王夫妻は新型コロナのワクチンを2度接種しており、追加接種も受けていた。国王夫妻は7日間の隔離に入っていて、公務については症状をみたうえで判断すると、王室報道官のマルガレータ・ソルゲルンは述べている」。

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Our World in Dataより:スウェーデンもまた感染急増だ


ニューヨーク・タイムズスウェーデンの新型コロナ感染状況を示すグラフを提示している。そのうえで、コロナのパンデミックに対し、ヨーロッパの国としてはロックダウンを採用しない異端の対応を続けてきたことや、グスタフ国王がスウェーデンのコロナ対応は失敗だったと発言したことなどを付け加えている。

ひところは、スウェーデンの取り組み方がユニークだというので、欧米や日本での報道が盛んだった。しかし、一昨年から昨年にかけての急激な感染拡大と死者の増加以降、コロナ対応の模範として取り上げるメディアや評論家は少なくなった。それでも、なおもスウェーデンを理想化して、なかには虚言をまじえて論じる人すらもいる(呆れたのは、国王は失敗だったとは言っておらず、単に残念だと述べたのを、マスコミが意味をゆがめたということにしている御仁もいることだ)。

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Our World in Dataより:死亡数は抑えてきたが上昇し始めた


これまでの経緯といまの状態は、ここに掲げたグラフがほとんどを語っている。2020年の夏に急激に感染が低下したのは、季節による生活様式の変化と医療・介護施設のコロナ対応が改められたことが大きかったが、秋から冬にかけて気温が低下すると急激に感染が拡大してしまう。それがいったん下がりかけるが、デルタ株が広がると再び急激に上昇した。この感染拡大から脱出できたのは、国民の70数%に達した積極的なワクチン接種のお陰とみてほぼ間違いない。

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Our World in Data:100万人当り死者数は西欧より少ないが北欧では多い


いまの感染拡大は、1月4日には1日で42969人、7日平均でも9028人と急伸している(追記:1月11日には1日で70641人、死者54人。7日平均の感染も18505人。日本での感覚で受け止めるには、これらを人口比で12.3倍すればよい)。これは気温の低下とオミクロン株の急拡大とみるのが妥当で、若者たちに感染が広がるのを放置して、そのいっぽうで高齢者との接触を遮断すれば、集団免疫が成立するという説は、まったく妥当しなかった。スウェーデンの国家疫学者テグネルは、そんな戦略は取った覚えがないと述べたが、いっぽうでスウェーデンの路線は、近隣国よりも免疫形成において有利だと明言しており、状況ごとの発言に多くの矛盾があることは否定できない。

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The Economistより:経済パフォーマンスの順位。コロナ対策の考慮はない

 

ただし、集団免疫は達成できなかったにしても、ロックダウンを採用しないで国民の活動範囲をなるだけ制約しないという方針は、経済活動にプラスに働いた可能性はある。たとえば、英経済誌ジ・エコノミストのコロナ禍の中での経済パフォーマンス評価(上表)では、第3位に位置付けられている。スウェーデンの戦略は、英国やアメリカといったコロナ対策で完全な失敗をしたと思われる国でも、ロックダウンを行わず経済活動を自由にすれば、経済パフォーマンスが低下しないですむとの説の根拠となっている。

もちろん、こうした説ついては疑問が少なくなく、スウェーデンとは異なり、ロックダウンを採用した近隣国のデンマークが、ジ・エコノミストの経済パフォーマンス順位で第1位となっていること自体が(上表参照)ひとつの反証になるだろう。しかもスウェーデンは、国家全体のロックダウンは採用しなかったが、部分的あるいは地域的なロックダウンは行っている。

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nytimes.comより:スウェーデン国王夫妻


また、首都ストックホルムでマスクをしていない若者たちが、楽しそうにビールを飲んでいる写真のイメージとは裏腹に、かなり厳しいルールを国民に推奨したことが効果をもったとの説もある。パンデミック初期のGPSを使ったいわゆる自粛度の研究では、スウェーデン人はかなりの自粛国民だったことが示唆された。また、政府の課した規制の強さについても、Our World in Dataの比較(下図)で見れば、昨年の夏から最近までの規制を別にすれば、スウェーデンはかなり厳しいものだったことが分かる。規制の推奨や自粛にどれくらいの広がりがあったか、もう少し細かい分析が必要であるように思われる。

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さて、わが国だが、いまオミクロン株の感染が急速に増えてきて、この正月から不安が広がり始めている。いまのところ、コロナ対策の成果としては優等生といってもよいが、経済パフォーマンスにおいては最下位に近いところにある。これからも、規制を課さなければ経済は好転していたという説が、力をもっていくことになるだろう。

しかし、まず、日本の場合は経済パフォーマンスより、コロナ対策に力点をおいた政策を採用していたとしても(そうでもないと思われる点は多々あるが)、少しも恥じるようなことではない。緊急事態宣言で自殺が数十万人になるとかいう論者がいたが、そんなことはまったく起こらず、むしろ局面によっては減っている。英国やアメリカのように、いったい何を基準としているのか分からないままに、国民を七転八倒させた末に、膨大な感染者と死者を生み出した国と比べたら、ずっと称賛に値するだろう。

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また、はたして日本がスウェーデンのような、マスク不使用や酒場開放への規制を課さない生活を推奨したからといって(これも個々の事例では、必ずしもそうでなかった現象は多くある)、日本の経済パフォーマンスが良くなった保証はない。それどころか、せっかく日本人がもつマスク選好や、酒場についての規制を捨ててしまっていれば、はるかに多くの感染者と死者を生み出しただけのことだったのではないか。

もうひとつ敢えて付け加えておくと、ジ・エコノミストの経済パフォーマンス表には「何を重視し、何を犠牲にしたのか」への配慮がまったくない。記事を読めば書いてないこともないが、それを数値にして反映させようとしていないのである。これは日本のランキングが23国中21位になる原因のひとつだと思うが、たとえば財政支出を行なうのは雇用を維持する目的があり、それが達成されていれば何点か与えるとかの工夫がないのは、実は、「経済パフォーマンス」という限り奇妙なことなのである。

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その視点が多少は見られる記事の部分を引用しておこう。「いくつかの国では、特にウイルスの影響が少なかった地域にみられることだが、労働市場がそれほどの被害を受けることなく、国民は収入を得続けることができている。たとえば日本などでは、パンデミックが始まって以来、失業率がそれほど上昇していない。そのいっぽう、スペインは2020年の2月から8月までの間に、失業率は3%も上昇している」

この客観性を装った文章でも明らかなように、ジ・エコノミストのこの特集の執筆者たちは、あたかもコロナ禍が同じ条件のところに、同じインパクトを与えたことを所与としている。しかし、たとえば日本では、かなりの生活上の犠牲を払ってマスク着用を持続させ、財政赤字を覚悟で補助金や支援金を配って「条件の変更」を行ったのである。こうした国民の努力や政府の対策は自然現象ではないのだから、経済パフォーマンスの変数として全体のなかで数値化されるのが(それは困難がつきまとうが)、本来は当然のことではないのだろうか。