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東谷暁による「事件」に対する解釈論

プーチンの罠にはまる西欧諸国;いまのロシアには経済制裁は効かない

ウクライナを取り巻いていたロシア軍の一部が撤収を始めたというので、世界の金融市場は軒並み反転上昇した。これに合わせてアメリカのバイデン大統領なども「交渉の余地はある」と発言するなど、世界は一転して楽観ムードにとらわれた。しかし、それがはたして西側の望むような方向に向かうことを意味するのかといえば、どうもそうではないようだ。

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「ロシアは外貨準備を6450億ドルにまで積み上げており、これは世界で5番目の数値である。また、政府の負債はGDPのわずか18%でしかなく、世界で下から6番目に位置しており、さらに順位は下がっている」

これは英紙ザ・テレグラフ2月15日付に載った「プーチンウクライナにおいて、勝利に近づいている」という記事の冒頭の文章だ。筆者は同誌の名物ベテラン記者で辛口で知られるアンブローズ・エヴァンス=プリチャード。サブタイトルが「世界の市場は西側諸国がプーチンの言葉に乗って裏切ることに賭けている」というもので、いまのところプーチンの外交戦術が効果を生み出しているということらしい。

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The Telegraphより:ロシアの経済状況はクリミア併合時よりよい


この記事でエヴァンス=プリチャードが指摘しているのは、端的にいって、たとえ西側がロシアに経済的制裁を科したとしても、あまり効果は上がらないだろうということにほかならない。同記者の独特の文体(レトリックが多く古めかしい言葉)を、丁寧に訳して紹介したいところだが、それはあきらめて、ざっとした概要だけを伝えたい。

すでに述べているように、まず、ロシアは少なくとも経済においては必ずしも苦しい時期ではなく、石油や天然ガスの価格が上昇しているお陰でかなり楽な状況にあるということだ。それは、2014年にクリミアを併合して、経済制裁されたときとは条件がかなり違う。そしてまた、逆にEU諸国のエネルギー供給は逼迫しており、特に天然ガスにいたっては全体の41%がロシアに依存しているという状態なのである。

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The Telegraphより:EUの対ロシア天然ガス依存率は高い


したがって、これからロシアがアメリカを含む西側諸国の要求をけって侵攻を断行し、経済制裁にいたったとしても、すぐに苦しんで妥協を図ろうとするということは期待できないとエヴァンス=プリチャードは述べている。その意味では、とんでもない失言のように報じられたロシアの駐スウェーデン大使の発言も、ホラを吹いたとかブラフをかけたとかいうようなものではないというわけだ。

この駐スウェーデン大使は、同国のクオリティペーパーであるアフトンブラデット紙のウェッブサイトに2月12日に掲載されたインタビューのなかで「言い方は悪いが、われわれは制裁を受けることなど屁とも思ってはいない」と発言した。さらに「2014年以来、すでにずっと制裁を受けているわけで、そのお陰で国内経済と農業が逆に好調になったくらいだ」と付け加えたのである。

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この暴言のような発言も、細かくいまのロシア経済の状態を精査すれば、必ずしも暴言ではないだろうとエヴァンス=プリチャードは見ている。「ポスト・クリミア制裁は(エネルギー分野の)商品市況が低迷していた時期と重なっていた。そのためロシアの実質可処分所得は12%も下落した。しかし、これから制裁が始まるとしても、それは商品市況がブームにわき立っているのと並行して行われることになる」。

同記者のしめくくりの文章は次の通りだ。「世界の市場は、プーチンのたくらみに西側諸国が乗ってしまうという見通しに、暗黙裡に賭け始めている。そして、ウクライナは(あのヒトラーの1938年のチェコ侵攻のように)ビジネスがこれまで通り続けられ、『自発的な』再統合に応じるように、圧力をかけられることになるだろう」。