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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナ、台湾、そして日本(4)中国はウクライナでロシアを見捨てるのだろうか

冬季北京オリンピックはいよいよ閉会式を迎えようとしているが、この時期、ドイツではミュンヘン安全保障会議が開かれ、各国の外務大臣クラスが、ウクライナ問題についても討議している。興味深いのは中国の王毅外相が、ロシアのウクライナ侵攻には批判的な姿勢を見せていることだ。

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独紙フランクフルター・アルゲマイネ2月19日付は「中国のプーチンへのストップサイン」は、北京オリンピック開催式に北京を訪問したプーチン大統領習近平主席との間で交わされた共同声明とは微妙な違いがみられるとしている。「安保会議が開かれているバイヤリッシャー・ホーフ・ホテルから発せられたサインは、欠席していたロシアのプーチン大統領を驚かしたかもしれない。中国の王毅外相は明らかにロシアのウクライナ侵攻に対しては反対の発言をしたのである」。

プーチン習近平の共同宣言には「中ロ両国はNATOの拡大継続に反対し、NATOが冷戦時代のイデオロギーを放棄し、他国の主権、安全保障、利益などを尊重し、他国の平和的な発展を客観的・公正に見るように求める」との一文が含まれていた。もちろん、中国はウクライナ情勢について、緊張を高める行動に反対する姿勢を示してはいたが、これはウクライナNATOに参加させる行為を指していると、解釈するのが当然と思われた。

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ふたたびフランクフルター紙を見てみよう。「プーチン冬季北京オリンピックの開催式のために北京を訪れたが、それはまさに2つの権威主義的スーパーパワーが同じ気持ちでいることを示すためのものであるかのようだった。そして、習近平NATOに反対する文書にサインをした。これは北京がロシア大統領に対して西欧諸国と接する代理人に、無限定のパワーを認めるものであるかのような印象を与えた」。

ところが、「王毅外相はミュンヘン安全保障会議NATOに反対する姿勢は貫いたものの、プーチンとは一線を画した。彼がウクライナ問題に対して主権、独立、領土の原則を適用したことは、ロシア=中国同盟の限界を示したものといえた」と、同紙は指摘している。それは何故なのだろうか。ここには、実は、台湾問題がかかわっていると同紙は見ている。

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「中国の政治的リーダーシップは、台湾問題や南沙諸島といった国境問題を抱えているために、ロシアによるウクライナ侵攻は世界の政治全体に見通しのつかない、潜在的な不安定性をもたらす危険を、配慮せざるをえなかったのではないか」。とはいえ、「北京との関係からして脆弱な立場にあるプーチンにとっては、この中国のスタンスは少なくとも外交的な後退を意味している」

もちろん、ウクライナ問題と台湾・南沙諸島問題を、安易に同一に論じることに懸念する立場もある。朝日新聞電子版2月16日付の「中国どう出る、台湾海峡への波及は? ウクライナ危機の深層」は、台湾国防部傘下のシンクタンク国防安全研究員・許智翔氏にインタビューしている。許氏は台湾は「多くの点でウクライナとは比較できない」とは述べつつも、いくつかの興味深い事実を指摘している。

「中国はこれまで、国際社会の様々な出来事を捉え、台湾を揺さぶってきました。今回は、一部に新たな軍事圧力とみられる動きはあるものの、ウクライナ危機がどう動くかを『様子見』している状態だと考えています。中国は昨年、米軍がアフガンから撤退して混乱を招いた際、台湾に対して『米国は信頼できない』という心理戦で揺さぶりをかけてきました。ウクライナ情勢の今後の展開によっては、同様の動きがあるだろうと考えています」

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さらに、このインタビューが掲載された2月16日現在での判断として、次のような点を指摘しているのは要注意である。「将来の中ロ関係を考えた場合、今回のウクライナ危機で、中国政府が在ウクライナの中国大使館や在留中国人の避難を呼びかけていないことは注目に値します。私は、ロシアによるウクライナへの全面侵攻の可能性は大きくないと考えているのですが、中国政府のこの動きもその理由の一つです」

もともと、中ロは長大な国境を接しているため、常に紛争の危機を抱えて、親密な関係を確立するのは難しいといわれてきた。中国は古代より中華思想に凝り固まり、ロシアは伝統的に国境恐怖症にとりつかれている。旧ソビエト連邦と共産中国が同盟的な関係にあったのも、ソ連が中国に対してさまざまな援助をする関係のときだけだった。

今回についても、ロシアは軍事的にはともかく、経済力や国際社会におけるパワーを考えれば、共同声明は「ロシアが得をした」とフランクフルター紙は指摘していた。ウクライナ侵攻のあるなしにかかわらず、中ロ関係は信頼によるのではなく、裏切りもあることを分かっていながら、しっかり相手を利用するというものなのかもしれない。