HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナ、台湾、そして日本(5)ゼレンスキーに責任はないのか

ロシア軍はいくつもの方向からウクライナの国境を越えて、首都キエフに向かっていると報じられている。この侵攻をすすめているのはロシアであり、それを命じているのはプーチンである。世界の報道機関や言論人たちはいっせいにプーチンを非難している。それは当然のことだろう。しかし、ではウクライナのゼレンスキー大統領に責任はないのか。

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こんな言い方をすると、侵略は始めたほうが悪いという非難が返ってくるかもしれない。あるいは敵に塩を送る気かと憤慨する人もいるだろう。武力によって他国の領土を侵すのが侵略であり、ウクライナ侵攻を命じたのはプーチンなのだから、バイデンが言わなくともプーチンは侵略者だというのは間違いないことだ。しかし、それを促してしまった政策において、ゼレンスキーに責任がないとはいえない。

ものが盗まれたら、盗ったほうに罪があり、盗られたほうが悪いというのは不当だろう。しかし、国際政治において侵略されそうな国の指導者には、それを可能なかぎり回避する責任がある。いかに相手が侵略的な存在であっても、わざわざ侵略を促すような挑発を行なってしまうのは、政治家として責任放棄である。それがたとえ状況判断の不足や勘違いであっても、その政治家には責任があるといわざるをえない。

すでに何人もの人が指摘していることだが、ゼレンスキーはウクライナのテレビ人であり、製作を担当していたが、途中から番組にも登場するようになり、喜劇役者として人気が出た。そこで製作したのが自分を主人公とするウクライナ大統領の物語で、この番組が評判になったことが大統領選に立候補するきっかけとなった。そうして当選したゼレンスキーは、最初こそ内政に徹していたが、昨年から急にロシア批判を繰り返し、クリミアを奪還すると言い出し、NATO加盟に積極的に乗り出すようになった。

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ft.comより:キエフの陥落はいまや時間の問題となった

 

それのどこが悪いのかという人もいるかもしれない。しかし、それがロシアから遠く離れた欧米諸国での話なら分からないでもないが、ウクライナというロシアに接する国家であったというのが大きな問題だった。悲劇といってもよい。とくにロシアのプーチンにとっては放置できない事態だった。それでも侵略の意図があったのは、プーチンだといえばその通りだろうが、国民の危険や領土の保全という観点からすれば、ゼレンスキーはあまりにも軽率だったといわざるをえない。

今回は簡単に触れるだけにするが、この問題を考えるには国際政治学者ジョン・ミアシャイマーの2014年の論文「なぜウクライナ危機は西側の失敗なのか」を振り返っておく必要がある。ミアシャイマーはロシアがクリミアを併合した直後に外交誌フォーリンアフェアーズ2014年8月/9月号にこの論文を発表して、「ロシアのリーダーでモスクワ政府の宿敵である軍事同盟がウクライナに手を出すのに寛容だった者はいないし、また、西側諸国がウクライナを自分たちの陣営に引き込むのを手をこまねいて見ていた者もいない」と指摘して、ロシアがなぜクリミアを併合したかを「構造的」に分析してみせた。

翌年にはウクライナへの軍事的支援を主張する議論に対してニューヨークタイムズ紙2015年2月8日付に「ウクライナへの武装供与はするな」との小論を寄せて、ウクライナは冷戦時代のオーストリアのような、ロシアにも西側にも与しない「緩衝国家」として存続させるべきだと論じた。この提言に対しては民主主義の普及を至上とするリベラル派からの激しい反発があったが、その他にも「緩衝国家」がいまの世界で成立するのかという疑問も提示された。

たとえば、タフツ大学フレッチャースクール教授のダニエル・ドレズナーがワシントンポスト紙2015年2月10日号に「なぜウクライナは緩衝国家になれないか」を寄稿してミアシャイマーに反論した。「私はウクライナへの武器供与は効果が疑わしいと思うので、ミアシャイマーの提案が代案としてアピールするのは分かる。しかし、ウクライナ問題を決めるのはウクライナとロシアの政治的嗜好なのだ。したがって、私はミアシャイマーの解決策は機能しないと思う」。

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いまやロシア軍の一部はウクライナの首都キエフに入ったもようで、その割にはロシア軍の動きが緩慢だとの情報もある。それはウクライナ側の抵抗が激しいからなのか、あるいはロシアが交渉のための時間を与えているのかは不明である。一部の情報として、プーチンウクライナNATOに入ることを放棄し、ウクライナ全土の武装解除を要求しているという。また、プーチンウクライナ軍にクーデターを勧めているとの情報もある。

もはや「緩衝国家」どころか「属国化」を要求しているわけだ。これまではウクライナ東部がフロントだった。こんどはウクライナ全土がフロントとなる可能性がでてきた。しかし、それがロシアと西側との関係を安定させるかは疑問だろう。ウクライナが緩衝を果たすということがなくなった状況というのは、必ずしも政治的、軍事的な安定が生まれるわけではなく、また、経済的にも円滑な関係ができるとは思えない。結局、今回のウクライナ侵攻(まだ終わっていないが)は、EU側に牙のように食い込むロシア属国を生み出し、新たな不安定をもたらすことになる。

【付記】ミアシャイマーの論文について説明が不十分であり、なるだけ早く補足したい。この事態が影響する中国と台湾問題との関連についても、もう少しこのシリーズで追いかけたいと思っている。