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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナ、台湾、そして日本(7)プーチンの戦争はすでに東アジアの領土問題に及んでいる

ウクライナ戦争の勃発はアジアにおける領土問題に大きな影響をもたらす。それは間違いないことだ。ところが、奇妙なことにウクライナと台湾は「違う」と主張して、ウクライナと比較して台湾有事について考えるのは危険だとか、あるいは10年早いとか述べている政治家や評論家がいる。たしかにウクライナ戦争が起こったから、すぐに次は台湾有事だと考えるのは短慮だろう。しかし、いくつもの理由から、ウクライナ戦争と関連づけて、まさにいま台湾有事を考えるべきであり、東アジアの領土問題を検証するのは当然のことだ。

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いくつもの理由を思いつくままあげてもいいのだが、例によって報道記事を材料に考えてみよう。ジ・エコノミスト誌2月26日号に掲載された「台湾との類似性がウクライナ戦争への視界を染めている」は、日本の新聞報道と岸田文雄総理大臣の演説から始めている。ある新聞は「(ウクライナ戦争は)対岸の火事ではない」と述べ、岸田首相は「こうした武力による現状変更の試みを是認するならば、アジアにも同様の事態を生み出しかねない」と演説した。このことは日本国民の多くが知っているだろう。

ウクライナと台湾の関連性について、まず、冷ややかにからかったのは中国の「環球時報」(人民日報が出しているタブロイド判新聞)だった。「もし中国が台湾の分離独立派の排除に乗り出したら、どうぞ中国への盛大な支援をお願いする」というわけだ。もちろん、ウクライナと台湾が「違う」ことなど、この記事を書いたジ・エコノミストの筆者は分かっている。

まず、アメリカとの経済関係の深さが大きく異なる。アメリカ人の多くは、ウクライナが貿易の相手国としては地位が高くないことを知っている。順番でいって第67位にすぎない。それにくらべて台湾は、アメリカとの貿易額において第7番目なのだ。しかも、台湾はアメリカにとって半導体の一大生産地であって、世界のサプライチェーンの中心をなしている。

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それだけではない。ワシントンにあるシンクタンク「ジャーマン・マーシャル研究所」のボニー・グレイザーによれば、台湾は長い間アメリカにとって中国大陸のオルタナティブ・モデルと見なされていた。つまり、共産中国はいつか台湾みたいになってほしいと思っていた。政治的にも台湾は中国大陸の未来像として重要でありつづけてきたのだ。また、1979年に締結された、アメリカと台湾による相互防衛協定では、アメリカが台湾の地位を脅かす勢力に対抗するため、武器を供与することになっている。

「そしていまも、台湾は西太平洋の『第一列島線』の要として、中国からの脅威に対して、日本への緩衝的役割を提供し、アメリカの東アジアにおける中心的な同盟国である」とグレイザーは述べている。したがって、アメリカにとってアジアに何か起こったとき、台湾に対する期待は、ヨーロッパにおけるウクライナよりも大きいといえる。もし台湾を失うようなことになれば、アメリカは第二次世界大戦以来保持してきた東アジアに対する覇権を、中国に渡してしまうことになるのだ。

台湾のほうも、自分たちが果たしている役割の重要性とアメリカの支援の大きさを、しっかりと自覚している。台湾の蔡英文総統とその政府が、台湾に何かあればアメリカが強力に反応するから、(アメリカが直接の軍事行動に出なかった)ウクライナと台湾は「違う」と考えているのも驚くにはあたらない。

当面の懸念について、与党民進党の外交部会部長ロー・チン=チェンは、ウクライナ戦争が台湾から人びとの関心をそらし、中国が台湾周辺の小島にいたずらを仕掛けるのではないかと憂慮している。また、台湾の元外相アンドリュー・ヤンは、いま中国はウクライナで繰り広げられている「ハイブリッド戦争」をじっと観察しており、中国も台湾に対しプロパガンダサイバー攻撃によって、アメリカは頼りにならないという印象を与えようとするだろうと予想している。その意味で台湾有事はすでに進行中なのだ。

ここまで読んでこられた読者は、冒頭にあげたウクライナ戦争と台湾有事は「違う」と論じている日本の論者たちと、アメリカや台湾が「違う」といっている内容に、根本的な相違があることに気づかれるだろう。つまり、現実の問題としてアメリカも台湾も、当事者としてウクライナ戦争よりも、台湾有事への取り組みがずっと大きく重いと考えている。けっして、ウクライナがロシアの一部だからではないし、また台湾が中国大陸とは疎遠だったからではないのだ(いずれも間違った認識である)。

しかも、この点が大事なのだが、経済関係や東アジア戦略のうえから当事者として「違う」と述べていることは、ウクライナ戦争と台湾有事とがまったく「関係ない」ということではない。ジ・エコノミストは、二つの事項が、いまやロシアと中国とが急速に接近したことで、もはや切り離せなくなってしまったと指摘する。つまり、「ウクライナ戦争と台湾有事にはリンケージ(関係)が存在する」のである。

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同誌はちゃんと日本とのリンケージについても論じている。「最大のリンケージは、ほかでもないロシアが東アジアの一大勢力だということだ」。ロシアはウクライナに侵攻する以前に、極東における準備を活発にしただけでなく、アメリカとその友好国(台湾、日本も含まれる)に対して敵対的な行動を行なった。たとえば、オホーツク海アメリカに核攻撃をするために潜水艦を配備している「砦」だが、そこで中国とロシアはアメリカおよびその友好国を仮想敵とする合同演習を行ったのである。

こうしたロシアの敵対的軍事行動にもかかわらず、日本がはっきりとロシアを批判したのは、ウクライナ侵攻が起こってからだった。それは日本がロシアとの間で領土問題の交渉をしていたからだが、西側諸国は日本がロシアを支持するのではないのかとの疑いをもっていた。岸田首相がロシアへの非難を明確に口にしたことで(つまり、領土問題の交渉を事実上放棄したことで)、ようやく日本は西側だと認識したわけである。「そのことで、ロシアと日本の緊張関係が明確になった。これもウクライナ戦争が、すでに東アジアに飛び火していることの、ひとつの例なのである」。