3月29日の午後から、ウクライナとロシアの4回目の停戦交渉が、トルコのイスタンブールで始まった。最新のニュースではウクライナ側は「中立化」を受け入れてNATOへの参加をあきらめ、ロシア側はウクライナの「非ナチ化」「非軍事化」は要求しないとの姿勢だと伝えられ、これらが本当ならば両国の交渉団の主張は、かなり接近してきたことになる。しかし、当然ながらそこには幾つもの難関がある。
フィナンシャルタイムズ紙3月29日付は「ロシアはもうウクライナの『非ナチ化』を求めていない」によれば、モスクワとキエフはウクライナがNATOへの加盟を放棄し、そのかわり安全保障とEUへの参加は認めるという線で交渉しているという。「停戦協議の草稿には『非ナチ化』や『非軍事化』、さらにウクライナ内でのロシア語の法的維持もなくなっている」という。
こうした情報は交渉にかかわっている人物の証言によるが、まだ最終段階ではないので名前が明かせないという。また、ロシア側の軟化はたんなる「煙幕」ではないかとする見解もあって、必ずしも信頼度の高いものではない。ウクライナ側の交渉団の一人で同国与党代表であるダビッド・アラハミアによれば「両交渉団は安全保障やウクライナのEU参加については合意に近づいているが、しかし、まだ決裂の心配も残っている」とのことだ。
FT.comより:ロシアは戦線を東に集中させると見られている
さらに、アラハミアによれば、「すべての議題が最初からテーブルに載せられているが、多くの議題は解決されないままになっている」とのことで、ロシア側の姿勢も毎日のように変化しているという。しかも、プーチンの顧問でスポークスマンでもあるデミトリー・ペスコフは、「ロシア側は交渉の進展を望んでいるわけではなく、今のところ残念ながら、重要な項目については語ることはできない」と発言している。
交渉のなかでウクライナ側は、自国の核武装を放棄する旨を述べているが、NATOの第5条に代わる安全保障の仕組みついても大きな課題になっているようだ。前出のアラハミアたちが憂慮しているのは、交渉が妥結に至っても、決定事項を保障するためには、ロシアだけでなくアメリカ、英国、カナダ、フランス、ドイツ、中国、イタリア、ポーランド、イスラエル、トルコの合意も得られなければならないので、これがはたして可能かどうかという問題も残っている。もちろん、ロシアにとってこれでは、何のために戦争をしたのか分からなくなるので、簡単には受け入れられないだろう。
また、同紙3月28日付ではゼレンスキーのインタビューを行っているが({ウクライナは停戦交渉のなかで中立化を議論する準備があるとゼレンスキーはいう」)、そのさいに彼が述べているように、「どんな見通しも交渉内容を保障してくれる国々の同意が必要であり、また、ウクライナ議会で批准されねばらない」のである。また、ゼレンスキーによれば「ウクライナは憲法改正の前の数カ月以内に、レファレンダムを実行しなくてはならないので、交渉に関連したプロセスは1年はかかる」という。
そして、おそらくこの交渉で最大の難関となるのは、2014年にロシアが一方的に占領したクリミアと東部ドンバス地方の扱いだろう。アラハミアによれば、ロシアはウクライナがクリミアとドンバスの支配を認めることを要求し続けているという。これは将来的に行なわれることになるゼレンスキー=プーチンの直接会談でも、簡単には決まらないとみられる。
こうした交渉が始まろうとしていた3月28日、ウォールストリート紙が、前回の交渉のさいにロマン・アブラモビッチとウクライナ側の交渉団員2人が、毒を盛られたというニュースを掲載した。アブラモビッチはロシアのオルガルヒ(富豪)のひとりで、母親がウクライナ人だという縁で交渉にかかわっているらしいが、キエフでの交渉後に目の充血と痛みや顔や手の皮膚剥離を訴えたというのである。
このニュースは世界中のメディアが取り上げたが、ここでは独フランクフルター紙3月28日付から紹介しておく。「もちろん、クレムリンは否定している」が、「ロシア側の交渉進展に反対する強硬派によるのではないか」との説は有力であるという。アメリカでも例えば「米政府は、アブラモビッチとウクライナ交渉団の症状が毒によるものかは不明」としているが、「米情報コミュニティでは恐らくロシア側による仕業だとする見解が強い」とのことである。
ちょっと興味を引いたのは、同紙はアブラモビッチについて「彼が交渉にかかわっているモチーフはあきらかではない」と述べていることだ。アブラモビッチが何を考えているのかが分からないだけでなく、いまこの時点で突然に毒薬説を公表する意図も、まったく不明である。そもそも、彼はエリツィン時代に台頭したオリガルヒであって、プーチンとの関係は深くないともいわれる。同紙は英紙ザ・タイムズを最後に引用して、彼の動機は「純粋だ」、なぜなら母親がウクライナ生まれだからと付け加えてはいるが。
トルコで行われている停戦交渉が始まる直前にも、ゼレンスキーはウクライナ軍がキエフ近郊のイルピンを奪還したことを発表し、また、国連のグレーテス事務総長が(今頃になって)「人道的停戦に向けた可能性を探る」と述べているが、現在もウクライナでは激しい戦闘が続いている。冒頭にあげたウクライナとロシアが接近を見せているという「妥協案」は、すでに戦争が始まるずっと以前に提案されていた「緩衝国化」案にかなり近い。結局、この方向しかなかったのだ。
これまでの死傷者の数を思い出し憤ってもどうにもならないが、ロシアがこの事実上の「緩衝国化」にどこまで本気なのかは今のところわからない。たんなる戦列を東に移すための時間稼ぎである可能性は大きい。そんなとき、これから重要な役割を担うはずのアメリカ大統領が、次々と失言を繰り返しているのは、ほとほと呆れざるをえない。それがたとえ失言ではなく、戦略的なものとしても、あまりに危険すぎるだろう。