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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ロックダウンの陰で広がる戒厳令体制;上海も北京も不満が充満している

上海や北京から新しいデータが伝わってこない。外信を含めて中国のオミクロン情報は、明確な根拠のないものになっている。そのなかで国営メディアが「馬」の姓をもつ男性が拘束されたと報じたため、元アリババCEOの馬雲だろうというので株価が暴落し、約260億ドルが消滅した。ところが、この馬氏は3文字の名前だと分かって市場関係者を落胆させた。ロックダウンの背後で、いま中国では何か起こっているのか。

CNNより;馬雲氏はいまもどこにいるか分からない

 

この呆れた事件のニュースを最初に流したのは、CNNビジネス5月4日付「中国人男性の『馬』が拘束され、ニュースでアリババ株の2600億ドルが消え去った」だったが、この「フレンジーな(狂気じみた)現象」を次のようにコメントしている。「この市場のローラー・コースター的な反応は、投資家たちがハイテック部門に対する中国政府の圧力について、どれほど神経質になっているかを示す現象以外の何物でもない。ハイテク部門は2020年から始まった政府の強い規制の対象となってきたからだ」。

奇妙なのはこの馬氏が3文字の名前であることを分かっていながら、「政権転覆を海外の敵対勢力を共謀した」という重い容疑とはいえ、国営メディアはわざわざ「馬という姓の男性」と思わせぶりに報じたことだ。さらに不自然なのは、この男性が馬氏とは別人で某ハイテク企業のエグゼクティブだという情報を流したのも、中国国営英字紙グローバル・タイムズの元編集長だったことである。

カリフォルニア大学サンディエゴ校で政治学を講じているビクター・シー教授は、CNNの取材に対して、「これはハイテク産業全体に対する警告なのか、あるいは馬氏個人だけを対象にしているのか。それは誰にも分からない。しかし、国家の富から何百億ドルもの金額を消滅させるために、政府当局がハイテク企業の経営者を拘束する必要はないでしょう。ただ、しかるべき情報を流せばよいことなんですから」。


国家の富からすれば有難いことに、アリババの株価はすぐに元に戻ったというが、これがいかにも中国政府のやりたがる、いつもの仰々しい警告だと考えるのは、やや単純すぎるのではないかと思われる。シー教授の言葉を使えば、「ハイテク産業全体か、馬氏なのか」というよりは、中央政府が採用してきた政策へのたまりにたまった不満に対し、ここらで「誰がこの国を支配していると思ってるんだ」と、不平を鳴らす大都市のビジネスマン連中に対して警告を発する意図もあったのではないだろうか。

いうまでもないことだが、上海に続いて首都である北京でも、「ゼロ・コロナ」を目指すオミクロン撲滅政策は苦戦を続けている。しかも、中国から外国メディアを通じて流れてくるニュースを見ていると、しだいに当局発表の具体的なデータが少なくなり、さらには第三者の目からみた推計値なども著しく減っている。少し前までは毎日新しい感染者数を発表し、上海の場合には「症状のある患者」と「症状のない患者」などの割合も報じていた。ところが、こうした細かな「配慮」のようなものが、ほとんど「消滅」してしまった。


たとえば、フィナンシャルタイムズ紙5月4日付の「中国のロックダウンは多国籍企業の利益を損なわせている」は、スターバックスやヤム・チャイナなどの喫茶店チェーンの経営が、中国政府の強引なロックダウン政策によって危機に陥っているという。消費者の信頼を損なわせ、サプライチェーンを寸断して、経営そのものが成り立たなくなってしまっているというわけだ。

「たしかにこの2週間の間に中国全土において新規感染者数は減っているが、中国の43都市に住む3億2800万人がいまも完全な、あるいは部分的なロックダウンの中にいると、野村証券は推計している。習近平が要求するコミュニティの交流をすべて断ち切るという習近平の要求に、地方の政府が従っているからである」

スターバックスによれば、中国内に5600店を出店しているのだが、そのうち都市の70%以上がこの3カ月の間にオミクロン株に襲われて、売上がものすごい勢いで下落しているという。また、マーケットリサーチ会社によれば、アリババの中心的なプラットフォーム「タオバオ」の売上が、今年の3月は前年に比べて8%も下落してしまっている。ハイテク産業が大量のレイオフを行ない、株式市場が激しく打撃を受け、不動産の売買が崩壊したことで、消費者の購買意欲を大きく損なわせ、今年のGDP伸び率も大幅に縮小すると見られている。

 

上海の悲惨な状態は、まさに北京政府が直面しているリーダーシップの危機を象徴しており、北京においては繰り返されるPCR検査が感染者を見つけても、相変わらず多くの住民がロックダウンに閉じ込められている。北京当局は全市的なロックダウンを回避しようとしているが、専門家たちは人の移動を強く規制しているのだから、「これは事実上のロックダウンだ」と指摘している。さらに今週、学校の再開を延期し、首都圏の地下鉄の一部を閉鎖した。

こういった調子で、フィナンシャルタイムズ紙はこれでもかこれでもかといった感じで、いまの上海と北京の窮状を伝えているのだが、お気づきのように数字はほとんど「民間」のものばかりで、しかも推計によった概数である。少し前まではかなり細かい数値が当局からも出ていたし、民間の推計ももう少し細かかった。少しばかり勘ぐると、そうした数値はいまや発表されないし、また、推計を発表するのも当局は嫌っているのではないか。

報道を続ける海外からの報道機関においても、なんとなく苛立ちを覚えていながら、「状況証拠」だけを並べることになるし、また、記事の内容も「論」のようなものが多くなった。たとえば、英経済誌ジ・エコノミスト4月30日号の「中国の戒厳令的なレトリックはコロナを打破するのに助けにならない」という記事は、報道というよりは議論をしているという感じがする。もともと同誌の記事というのは理屈っぽいのだが、この記事などは新しい事実というよりも、中国政府のコロナ政策の考え方自体が間違っているという記事である。

 

簡単に述べておくと、中国政府はコロナ対策を「人民による戦争」として捉えたために、対策が「ゼロ・コロナ」という強引なものとなってしまう、それがいまも仇になっている。つまり病気に対する対策は「戦争」ではないという指摘で、いまだに中国製ワクチンとロックダウンで押し切ろうとする姿勢を批判している。それは分からないこともないが、英国のコロナ対策の酷さを真剣に思い出せば、こんな中国の「ゼロ・コロナ」方式も、まだましなのではないかと思えてくる。

中国が何より問題なのは、英国がジョンソン首相を血祭にあげて路線変更ができたのに、この国の場合には血祭が本物の血祭になってしまうことだろう。それはコロナ禍による被害よりも巨大な不幸をもたらす。陰湿な共産党内部の権力闘争となり、さらには本物の内戦の様相を帯びることもあり得るだろう。そこまで考えれば、国民に多くの犠牲を強いる「戒厳令的」なコロナ対策でも、かろうじて考慮内の問題になってくるのかもしれない。なお中国政府はGDP伸び率の今年の目標を5.5%と提示している。格付会社フィッチのアナリストはこれまで4.8%としていたが、さらに4.3%まで下げたという。