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東谷暁による「事件」に対する解釈論

出生率が日本より低いアジアの国々の未来;住宅問題と少子化との関係から考える

日本の少子高齢化は世界でも群を抜いているとされていたが、このところ東アジアの国々が日本を超える速度で追いついてきている。これは住宅事情によるのではないかとの説があるが、では、住宅政策を変えれば少子化は阻止できるのか。そもそも、住宅政策だけで経済成長を変えられるものなのだろうか。


経済誌ジ・エコノミストが少し前(5月19日号)、東アジアの国々(地域)がいつの間にか日本以上の少子化への道を歩んでいるという記事を掲載した。この記事「アジアの先進的経済は、いまや日本よりも低い出生率になっている」では、「住宅のコスト高が最大の理由」だと指摘している。

ということは、日本でもこれから大勢が住宅を買えば、インフレになってさらに住宅が高くなるから、いま以上の少子化になり、その結果として社会福祉費がコスト高になり日本経済もさらに低迷することになるのだろうか。それとも、住宅価格が下落するから、みんなが安い住宅を手に入れるようになって、日本はようやく「豊かな社会」を享受できるのだろうか。

アジアの国や地域には日本よるずっと少子化が進むところがある


ひとりの女性が一生のうちに何人の子供を産むかを合計特殊出生率(以下、出生率)というが、日本の出生率が1.57になったのは1990年だった。このとき、いよいよ日本は縮んでいくのだとの衝撃をもたらし、「1.57ショック」といわれたほどだった。その後も、さらに下落して2020年には1.3を記録し、日本のあまりの出生率の低下は人口の急速な減少をもたらし、日本経済の低迷につながるとの恐怖を呼び起こした。

ところが、おなじ年の中国の出生率を見てみると、おどろくべくことに、日本よりわずかながら低いのである。さらに、昨年、2021年の出生数は1060万人で、11%の下落だった。同時期の日本は出生数の減少があったものの、それは3%にとどまっている。

日本の出生率は、世界史規模でみれば驚くべき低さである。ジ・エコノミストは「ウルトラ・ロー」と書いている。しかし、いまの東アジアおよび東南アジアの国や地域には、このウルトラよりもっと低いところがあるのだ。たとえば、香港、マカオシンガポール、韓国そして台湾は、2020年の出生率が0.8から1.1の間と、日本よりずっと低い。コロナ禍のため正確には比較できないが、これから経済も縮小するのだろうか。


同誌は、東アジア・東南アジアの少子化の理由を3つ提示している。第一が、これらの国および地域では婚外子がきわめてまれなことだ。日本や韓国での婚外子は3%にとどまるが、裕福な欧米諸国の場合には30%から60%にも達している。中国などでは結婚以外の出産には出産手当がでないほどだ。つまり、結婚というかたちでなく子供をつくることがめずらしく、しかも、女性の労働期間が長くなって結婚が遅くなっているから、生まれる子も少ないというわけである。

第二は、子供たちの教育費がきわめて高いことがあげられる。家庭教師はお金がかかるし、東アジアでは普通に行われている学習塾も「影の教育」とされ大きな支出要因となる。この点については多少の違いがあって、日本の場合、人生を決めるような試験は15歳から開始されるが、いっぽう、上海やシンガポールの場合、同様のテストは小学校のときから始まる。どちらがより多くお金がかかるは簡単には判断できないが、日本において、子供が少ない理由として、「子育てと教育にお金がかかるから」とされるのは、こうした教育制度が関係している。

第三が、住宅の価格が高いことが、若い夫婦が子供をもつのを遅らせることだ。これは、日本人が他の裕福なアジア人と比べて、なぜ多くの子供をもたないかを説明している。アメリカでの研究によれば、住宅の価格が1万ドル上昇すると、住宅を持っている夫婦の出生率が5%上がるのに対して、住宅を持たない夫婦の出生率は2.4%下がるという。また、韓国の出生率が0.8と最低だが、これは住宅収入指数(何年分の収入で住宅が買えるか)が16.6であることは関係があるだろう(ちなみに日本の住宅収入指数は7.5である)。

日本にみられる現象で特殊なのは、家を新しく建てる傾向が、ほかの裕福な国と比較して強いことだ。これは日本の住宅は木造が多いため、税制上は22年で価値がゼロになってしまうことと無縁ではない。このことは、日本では住宅中古市場が拡大しにくいことを意味し(これは日本でも指摘されてきた)、地主にとっては、古い住宅を解体して新しい背の高い建物を建てるインセンティブを生み出している。


エコノミストたちは、日本の住宅が、供給と建設にかんする政策のために、どれほど制限されているか、また、それがどれほど経済成長にマイナスの影響を与えてきたかを議論している。しかし、いずれにせよ、住宅地において住宅を建設することが容易になれば、価格を一定に保つことに寄与するだろう」

もちろん、日本はいまもアジアの中で、圧倒的に高齢者のほうが労働人口よりも多くなっており、そのことが、高齢者への医療の範囲から、年金のための政府予算までを含む、さまざまなことに大きな影響を与えている。最近になって出生率が急激に下がり始めた国々は、日本を追いかけているといってよく、日本の今の状況から多くの教訓を得ることができるだろう。

以上が、解釈を交えながらのジ・エコノミストの記事の紹介だが、興味深いのは出生率の問題が住宅問題を通じて、社会保障や経済成長、さらにはインフレ問題につながっていることである。ここから先は余談になるが、この記事の考察と図版が面白いのは、いわゆる経済データだけからの経済論が見落とす、あるいは軽視してしまう、経済の複雑さが見えてくることである。同じことは超マクロ的な視点から論じる経済学にもいえる。超マクロの結果だけから逆算して論じたところで、対策に有効な予想できるとは思えない。

これまで日本での経済政策論争は、「金融緩和」をすればインフレになるから、そうすれば人がモノを買うようになって景気はよくなるとか、多少のインフレは無視して「財政支出」を続ければ、国民の貯蓄が増えるから豊かになれるとか、ともかく極端に超マクロ的な話ばかりが横行していた。それは逆にいえば、低度のデフレと低度のインフレの間を行ったり来たりする経済だったから、細かいことを考えずに済ませてきただけのことである。

インフレターゲット論がもてはやされたころにも、本当の問題は少子化だという論者がいたが、少子化に陥っている社会でも経済成長は続けているという理由で、注目度は必ずしも高くなかった。しかし、これまでの歴史的データを見れば、国民の人口増減と経済成長の高低はかなりの相関関係をもつことは、昔から分かっていた。ただし、それは数十年とか数百年のデータを見れば分かることで、中短期で比較したときにはあきらかにはならない。この少子化と住宅問題との関係にしても、長期、中期、短期、それぞれの観点から検討してみることが必要だろう。