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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナは「戦後」軍事大国になる;国内の軍勢力とアメリカの介入の賜物

アメリカはウクライナに長距離ロケットシステムの供与を決定した。少し前にはバイデン大統領が「供与しない」と明言していたのに、この急激な政策変更はどうしたことだろう。そして、こうしたアメリカによるひたすらなウクライナの軍事力強化は、これまでのアメリカ外交戦略の「失敗」を思い出さざるを得ない。


フィナンシャルタイムズ6月1日付が「アメリカがウクライナに長距離ロケットシステムを供与する」との記事を掲載した。同紙は5月31日には「ジョー・バイデンウクライナにロシア国内を射程における兵器は供与しない」を掲載したばかりだった。同紙の説明によると、6月1日で供与するというのはHIMARSと呼ばれる高機動ロケット砲システムで、それ以前に議論になっていたのはMLRSというHIMARSより大規模なものなのだという。

HIMARSは射程がMLRSよりは射程距離が短いとされるが、それでも80キロといわれ、ゼレンスキー大統領が要求していた「大型の武器」に当てはまるものといえる。アメリカはウクライナ東部での戦いが長期化するにつれ、ずるずると関与を強化せざるをえなくなり、「代理戦争と直接介入との境界を曖昧にしつつある」。いや、それどころか、アメリカはまたしても「介入」による宿痾にはまりつつあるのではないか。そして、それと並行して、ウクライナもこの国のもうひとつの側面をさらしつつあるのではないか。

wsj.comより;ドニプロのミサイル工場。旧ソ連の軍需工業地帯だった


まず、ウクライナの現代史から思い出してみよう。いまの報道をそのまま受け入れていれば、この国は昔から温和で自由と民主の国であったようなイメージを持つかもしれない。しかし、旧ソ連時代には同国の軍需産業の中心地であり、また、ソ連崩壊後のウクライナもけっして平穏な国であったわけではなく、複雑な分裂が続いてきた。そして、この国が国土面積においてヨーロッパ最大で、人口においても4300万人を超える規模をもつ、大国であることも思い出す必要がある。

ウォールストリート紙5月26日付に極めて興味深い「現代ウクライナの軍事的起源」という論文が掲載されている。筆者はタラス・フェディルコというセント・アンドリュース大学の社会人類学者だが、専門はウクライナの戦争とメディアの政治経済である。彼によればウクライナ旧ソ連軍需産業の中心地であり、旧ソ連崩壊後も5200万人の人口に対して70万人もの軍隊を持つ軍事大国であった。一時、軍事勢力は後退したが、今回の戦争をきっかけに再び軍事国家へと回帰するだろうというのである。

ウクライナが1991年に独立を達成したとき、防衛産業は同国の最先端産業だった。しかし、この国の他の分野と同様、防衛産業も旧ソ連とつながっていたために、ソ連崩壊はウクライナ経済全体に深刻な危機を引き起こした。1990年から1999年にかけて、世界銀行によれば、ウクライナのGDPは実質60%縮小し、その後、回復していない」

フォーリンアフェアーズ誌;ロシアの戦車は耐熱煉瓦で武装しているが効果なし


その後も国内は西側派とロシア派に分かれて紛争が絶えなかったが、フェディルコによればウクライナ西部と都市部の中間層がナショナリスト的、親ヨーロッパ的、かつネオリベラル的な勢力、南部から東部にかけては産業化されているがロシア寄りの勢力という、きわめて屈折した二極化構造を持つようになった。この分裂を加速させたのが、ロシアと同じように新興財閥がいくつも生まれ、抗争したことだったという。

すでに述べたことだが、2008年のブカレスト会議において、アメリカがNATO拡大を唱えたことに、プーチンは衝撃を受けて激しく反発するようになる。2014年にアメリカが支援する勢力が暴動を起こして、当時の親ロシア派の大統領を国外に放逐したとき、ロシアは戦争状態に入ったと捉えており、このとき以来ずっと、西側の対露経済制裁も継続されている。また、アメリカもウクライナへの軍事的支援を本格化していったことは周知のとおりである。

「2014年に始まった戦争は恒久的にウクライナの政治を変えてしまった」とフェディルコが書いているように、クリミアだけでなくロシアが侵攻した地域では、戦いが続いていていた。この間のウクライナ政治も混乱を続けることになる。こうした事情を前提としないウクライナ戦争報道は、どこかの国が真珠湾でいきなり戦争を始めたと思い込んでいる人が多いのと同様、あまりにも偏頗な認識に陥ることになるだろう。


「戦時の大統領、すなわちペトロ・ポロシェンコとウォロディミル・ゼレンスキーは、ウクライナの分裂した政治勢力のあらゆる部分に、平和と調和を実現してみせると主張して大統領に当選した。しかし、腐敗した新興財閥の間でバランスをとるいっぽうで、ロシアの拡張主義に対抗し、そして、西側に経済依存と続けるというのは、あまりにきわどい綱渡りであり、うまく切り抜けることはほとんど不可能だった」

こうした状態のなかで、いまのゼレンスキーは表向きは温和な元コメディアンだが、現実には「ウクライナ政治でもっとも組織化されており、また勢力を糾合でき、戦争によって強化された国家主義的な(軍事)勢力につくようになっている」とフェディルコは指摘している。これはゼレンスキーだからそうだったというよりも、最も力があるのは、かつてより軍需産業や軍事組織を支配して、いまも支配している西側寄りの勢力だということである。

さて、もうひとつの問題、アメリカの紛争地での介入の仕方だが、とっぴに思う人がいるかもしれないが、イラクサダム・フセインおよびバース党への肩入れを思い出しておきたい。アメリカは、イランがホメイニ革命によって親米だったパーレビ―を追放したのち、イランを抑えるためもあって、「近代志向」と思われたイラクバース党を率いるフセインに、軍事的に多大の援助を与えた。

これがイラン・イラク戦争の素因となっただけでなく、イラクフセイン核兵器を開発するにいたり、その施設をイスラエルに爆撃された後も独裁を強めて、1990年にはクウェートに侵攻して湾岸戦争へと発展する事態を生み出した。それだけではない、ブッシュ父親はフセインクウェートから追い出しものの、中東の勢力均衡を維持する政策にとどめたが、後にブッシュ息子がありもしない核兵器を口実に、イラク戦争を始めてしまい、中東は混乱に叩きこまれ、そしていまも不安定な政情が続いている。

flyingmag.comより;キーウを視察するゼレンスキー大統領


ゼレンスキーはフセインではないという人がいるだろうが、ここで指摘したいのは見かけの印象ではなく、背後でどのような勢力と結びついているかである。もし、フェディルコの指摘が正しいとするなら、(かなりの正しさを示していると思うが)、どのような形でいまのウクライナ戦争が小休止したとしても、そのときにはウクライナは軍事大国になっているということである。ウクライナがどちらの陣営に付くかで、東欧のみでなく欧州および世界を激しくゆさぶるだろう。そしてそのことは、実は、ゼレンスキーがすでに予感している。フェディルコの論文の最後を引用しておこう。

ウクライナ軍は、ソ連の防衛産業と同様に、独自のエリート層を生み出す保守的な社会勢力になるだろう。ゼレンスキーが最近述べているように、戦争のせいでウクライナは『大きなイスラエルになるだろう』。つまり、防衛が何より大事な国であり、自由よりも安全保障が上位にくる国になるということだ。ゼレンスキーは次のようにも言っている。『ウクライナは、初めに我々が思っている国とは、まったく違った国になってしまう』」