HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナの経済はどれほど縮小したか;西部に移動させつつ回復を試みつつあるが

ロシア軍の侵攻後、ウクライナの経済はどのような状態にあるのだろうか。世界銀行の推計によると前年比で45%縮小しており、IMFウクライナ中央銀行の調査では侵攻前との比較でGDPの3分の1が失われたとされている。他にも様々な推計が行われているので、紹介しておきたい。

大げさなハグよりも武器と資金が欲しいと思っているのではないか


経済誌ジ・エコノミスト6月30日号に「ウクライナ経済の変化を追跡する」が掲載されている。例によってヴィジュアル化して提示しているのだが、その全体的な変化を短くいえば、「日毎GDPは2月に急激に下落」したが、「戦争は経済活動を西部に移動させている」ということである。

まず、日毎GDP(その日ごとのGDP)7日平均のグラフ(下のグラフ)は、VoxEUによればロシア軍侵攻の2月24日以降急激に下落したが、その後、意外なほどの回復をみせ、一時再び急落するが、その後は侵攻以前の約90%を維持している。また、経済活動の地域はグーグルのデータで計測すると、東部から西部に移動して、日毎GDPに見られる経済規模を維持している。かつては経済活動を推計するさいに夜の照明の衛星写真を使っていたが、戦時の場合は灯りを消すことが多くなるので、グーグルのビッグデータのほうが正確だとのことだ。なお、いずれもドンバス地方のデータは入っていない。

4月に以前の9割に回復。戦場になった地域から産業は脱出している


「ロシアの侵攻以降、経済活動はウクライナの東部と南部から、より安全な中央部と西部に移動した(ドンバス地方の占領されている地域のデータは除外している)。ここには5月時点での実質生産が反映されている。調査者は国内の移住――700万人の強制的移住が含まれている――と、ウクライナ政府が必死に推進した工場の移動を確認している。さらに最近では市民がキーウに帰ってきて、首都の経済を回している分も含まれている」

冒頭に述べた世界銀行の45%という数値は、ウクライナ財務大臣のマルチェンコによれば「我々の推計では44%の縮小」(ジ・エコノミスト5月14日号)であり、同時期のIMFウクライナ中銀による推計では3分の1の縮小と予測していた。2つのグラフから考えると、5月中旬より好転したようにも見えるので年間の縮小率はもうすこし少なくてすむかもしれないが、これからの戦況によるので、まだ何ともいえない。また、GDPはあくまでフローであって、破壊されたインフラなどのストックは、反映されないことは忘れてはならない。

ロシアの攻撃そのものによる損害は、ウクライナ政府の3月28日のスビリデンコ経済相による発表では5650億ドル(約70兆円)ということだったが、4月上旬に同国の研究機関が発表した数値が「物質損失だけで680億ドル(約7兆円)」(ジ・エコノミスト4月11日号)で、ちょっと首を傾げたが、その間、シュミハリ首相が「1兆ドルを超える」とツイッターで発信して話題になった。この数値は「数年間にわたるロシアの侵攻による損害」ということで、つまり、2014年以降のドンバス地方での紛争を含むということらしい。

最近の発表では、6月15日の米軍専門誌『ナショナル・ディフェンス』にウクライナ軍のウォロディミカル・カルペンコ地上部隊後方支援司令官が述べた「ロシア軍とのこれまでの戦闘で、歩兵戦闘車約1300台、戦車約400両、ミサイル発射システム約700基など、それぞれ最大で50%を失った」という数値で、経済そのものではないが、これからの経済生産や西側の援助にも関係してくることなので、政府として統一した数値が明確でなく分かりにくいとはいえ、無視するわけにはいかない。

いったい何年この状態を続けられるのか


経済誌ジ・エコノミスト6月30日号は「いかにすればウクライナは長期戦に勝利するか」という記事を掲載しているが、戦況をあれこれ述べながら、戦争の行方がますますG7を中心とする西側の援助に大きく依存しているかを、慨嘆をまじえつつ指摘している。しかし、それは2014年の時点でも、ある程度の予想はできたことだった。

ウクライナが重い負担となっている。西側の防衛産業は巨大なものだが、膨大な生産量の継続、とくに激しく消耗する武器を生産し続けるのは、かなりの骨折りである。現在、ウクライナ政府は1カ月だけでも50億ドルの赤字を出しており、戦争が終わってからの復興にも多くの支援が必要となるだろう」

ロシアとの交渉が停滞してしまった本当の理由は何なのか


同誌は、西側諸国のウクライナへの支援は、これからそれぞれの国内事情から生まれるプレッシャーによって動揺することになるという。プレッシャーのひとつは現在のインフレであり、もうひとつがこれから予定されている選挙だ。とくに、アメリカの場合には、ウクライナ嫌いのプーチンを称賛したトランプが出馬する大統領選が、2023年にあることを忘れるわけにはいかない。同誌はどこかパセティックなこの記事を、次のような言葉で締めくくっている。

ウクライナとその支援諸国は、プーチンを打ち破るためのヒト、カネ、そしてモノをもっている。しかし、彼ら全員に、その意志はあるのだろうか」