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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ロシアが核兵器を使うとどうなる?;プーチンの威嚇で注目される水面下の交渉

ロシアのプーチン大統領が、部分的ながら「動員」を宣言し、同時に核使用を示唆した。部分的動員は効果が少ないとの予測が多いが、核兵器の使用について、アメリカおよび西側諸国の反応はどうだろうか。実は、アメリカおよびその同盟国は、これまでもロシアと非公式に接触して核使用を牽制していたのだ。


フィナンシャル・タイムズ紙9月24日付の「ウクライナの西側支援国はプーチンの発言の後に核抑止を強化している」は、核兵器をめぐる情報世界の裏舞台をのぞかせてくれる。アメリカと西側諸国の高官5名に取材したという記事の中には「プライベートリー」という言葉が出てくるが、ここでは「私的に」ではなく「非公式に」というニュアンスが強いので、以下ではそう訳してある。

まず、アメリカのホワイト・ハウスの国家安全保障担当補佐官ジェイク・サリヴァンは、9月24日のCBSで次のように語っている。「私たちは直接に非公式にクレムリンの高いレベルの人間と連絡を取っていて、いかなる核兵器の使用も、ロシアにとって破滅的な結果をもたらすと伝えてあります。アメリカと同盟国は断固とした対応をするつもりです」


読者のなかには核兵器をめぐって、アメリカとロシアが非公式にせよ連絡を取り合っているということに疑問を持つ人がいるかもしれない。しかし、核抑止のために綿密なコミュニケーションを取るようになったのは、実は、ロシアがソ連であったころからだ。お互いに相手の核武装について、スパイ行動によってかなり知っていることを前提として、公式にあるいは非公式にコミュニケートするのが、相互核抑止の根幹だった。

これはいうまでもなく、何らかの認識の欠落から核先制攻撃にいたった場合、お互いに膨大な損害を生み出すことがあきらかで、それよりは頻繁にコミュニケートすることで、偶発的な核戦争を防ごうとしたことから始まっている。そのレベルは、どの程度かは明らかではないが、いまのアメリカとロシアとの間にも、核兵器をめぐって非公式なコミュニケーションが存在しているわけである。


今回の場合、アメリカおよび西側としては、プーチンは核使用をちらつかせることで、「ウクライナにロシアが占領した国土の20%あまりを、あきらめさせることができる」と思っているが、実は、それは正しくないというメッセージを伝えようとしている。西側の高官のひとりは「西側が設定しているレッドライン(限界レベル)は、(いまでも)プーチンが考えているものとはたぶん異なっている」と憂慮している。

また、プーチンウクライナがすでにモスクワを狙うための大量破壊兵器を開発中であり、その脅威がロシアの核攻撃を正当化すると信じている。これもまたロシア側の間違った認識であることを伝えようとしているようだが、ロシア側はなかなかそれを認めない。ロシアの外交副顧問のドミトリィ・ノヴィコフは、こうした事態を前提として、議会で「我々が核兵器を使わないと思い込んでいる者がいるとしたら、それはまったく間違っている」と発言している。

そのいっぽうで、実は、アメリカがウクライナ核兵器を供与したらどうなるかという、ある種の「シナリオ分析的な検討」は、すでに行われていることも事実だ。そのことを証言しているのは、アメリカの高官で「ウクライナの核使用の可能性と『防衛および安全』についてリハーサルをしている」という。それなら、プーチンが言うことは正しいではないかという人もいるだろうが、アメリカとしては「単なるシミュレーション」にすぎないというだろう。


アメリカの見るところ、そもそもロシアが核使用をすると決めたとしても、その準備というのはかなり大掛かりになることが予想され、したがって、「アメリカの情報機関がそれを察知する現象が多く生じてしまう」とデューク大学准教授サイモン・マイルズは指摘している。「そして、そのことは、アメリカ政府がロシア政府に、この試みがいかに馬鹿げたものであるかを、明示的に通告する機会が生まれてくるのです」。

さらに、ロシアが何とか核ミサイルを発射したとしても、狙い通りのことは達成できないと同紙は締めくくっている。それは、これまでのロシア軍の戦いぶりからみて、核兵器がいまの劣勢を挽回できるとは思えないからだという。UN非武装研究所のペイベル・ポドヴィッグは、ロシアがいわゆる「戦術核」である巡行ミサイルを使用することを前提に、「ロシアのミサイルはウクライナに迎撃されるか、コースから外れるか、居住用ビルを破壊するくらいで終わる」と述べている。

もちろん、こうした分析はロシアの核兵器についてのレベルが、これまで通常戦争で示したような、ロシア軍の軍事技術のみならず、低い士気や練度を前提としている。「なるほど」と思わないこともないが、いったん、ロシアが核兵器の使用に踏み切ったときの衝撃を考えると、それは単にビルひとつを破壊するだけにはとどまらない。これまで「タブー」とされた核兵器の使用が、西側にとっても「通常化」されることを忘れるわけにはいかないのだ。