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東谷暁による「事件」に対する解釈論

英国の金融危機は一過性のものではない;発火温度が低い世界は燃え上がる危険がある

英国の新政権が発表した経済政策がきっかけとなって、ポンドが暴落し、国債の利回りが跳ね上がるという金融危機が生じた。しかし、こうした事態は英国にとどまるものではないとの指摘が相次いでいる。英国の場合、中央銀行が介入して混乱の鎮静化に向かっているとの報道もあるが、再び金融市場が混乱する火種はくすぶり続けている。


なぜ、英国で金融危機が生じたのか。それはもちろん、トラス新政権が生まれてクワーテング財務相が大胆な減税政策を打ち出したことによる。まったく財源の裏付けのない財政支出を唱えたことで、金融市場が激しいショックを受けたのだという。しかし、それにしては激しすぎるのではないか。50年ものの英国債などは、4日の間に価値が3分の1減り、あわてた英銀行が介入すると1日で4分の1回復した。

wsj.comより:50年ものの英国債の利回り。激しい乱高下をみせた

ウォールストリート紙では10月1日付に金融問題を担当してきたジェームズ・マッキントシュ記者が「英国の金融崩壊は世界への警告だ」を書いている。トラス=クワーテングの初歩的でうかつな失敗を、そこまで悲観的に考える必要があるのかと思う人は多いだろう。たしかに、英国の場合にはジョンソン前首相の置き土産、政治的不安定とブレグジットの後始末が残っており、また、同国の国債はかなりの割合を海外に売ってきた。本来、金融財政政策はもっと慎重に進めなくてはならなかった。

ft.comより:英国国債の乱高下は前代未聞のものだった


マッキントシュはこうした英国の「かなりひどい」条件を認めている。そしてまた、クワーテングの「まるでサッチャー首相を思わせる」きわめて大胆な減税政策は、なんらかのショックを与えたことは当然だと考えている。しかし、彼が強調しているのは、今回の危機が単なる「短期的」な問題として生じたものではないということだ。もう少し世界全体を見ながら英国を振り返れば、そこには英国だけに限らない「長期的」な大きな問題が横たわっている。

それはいうまでもなく、低金利によってハイテク産業が急進し、さらにコロナ禍の金融緩和によって生じていた、通貨があふれる世界経済の急激な変化なのだ。「終末論的な危機という点からすれば、英国の金融危機は急に始まった高金利が生み出した最初の犠牲にすぎない」。これまでも金融市場が混乱したときには膨大な犠牲を生み出してきた。「緩和された貨幣が市場から去ろうとするとき、多くの災厄が起こるものなのだ」。

The Economistより:ポンドの下落、国債の暴落、英国国債の拡大


これまでも、金融システムの部分的な歪みが世界に波及した例として、マッキントッシュは1998年のLTCM破綻によるアメリカ金融機関の危機や、2007年のサブプライム問題に端を発する世界金融危機をあげている。こうした事態は、起こってみて初めてその危険性が明らかとなった。マッキントッシュは、ゴールドマン・サックスのジャン・ハチウスの「分からないことが分からない」との発言を引用している。つまり、「分からないのが何なのかすら分からない」のが一番危険だということだ。

少し説明を加えておくと、ノーベル賞受賞者2人を擁したLTCMの破綻はロシア国債のデフォルトから始まった。その確率は低いと予想したLTCMは極端なレヴァレッジをかけて自己資本を薄くして投資をしていた。ロシア国債がデフォルトになると多くの出資者に保証金を要求されたが手元の資金がなく、影響の大きさに危機感を抱いたFRBが多くの金融機関に出資を依頼する騒ぎとなった。

いっぽう、サブプライム問題は住宅ローン担保証券の組成について規制が緩和されたことから始まっていた。そのため、それまでは不可能だった低所得者の住宅ローンが可能になり、いったんリスクの高い住宅ローン担保証券の売買がストップすると、こうした証券から派生した債券を大量にもっていた金融機関が破綻。世界中の証券および債権市場が機能しなくなり金融危機が拡大した。いずれもリスクのあることは「分かっていた」。しかし、リスクがどのように顕在化するか「分かっていなかったことが分かっていなかった」。

マッキントシュは、今回のインフレの連鎖が一時的ではすまないと発言してきた、米元財務長官でハーバード大学教授ラリー・サマーズの言葉で締めくくっている。「激しい振動があったとき、それが常に地震だというわけではない。しかし、地震が起こったときには、かならず振動をともなう」。もちろん、これは正しい指摘だ。

マッキントシュは今回の英国の金融危機が、これから生じる世界規模の金融危機の兆候ではないかと危惧している。たしかに、「他の大きな規模の経済」つまり先進諸国においては、トラス=クワーテングのような単純な失態はいまのところ起こっていない。しかし、われわれは「分かっていないことが何なのかすら分からない」。些細なことから巨大な経済危機に波及する(感染という言葉を使った経済学者もいる)のは、けっして珍しいことではない。振動があったら、すぐに大地震の可能性も考えるべきだ。