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東谷暁による「事件」に対する解釈論

プーチンの核攻撃に対して何が起こる?;米・英・仏は核兵器で反撃するのか

プーチンウクライナ東部を一方的に併合したが、戦況が思わしくないことには変わりがない。ますます核兵器を使う可能性が高まっているわけだが、では、核兵器を使用した後、世界はどうなるのだろうか。使われる核兵器は「戦術核」と指摘されているが、それはどんなものだろうか。少し掘り下げて考えると、いま世界が置かれている不安定な状態が明らかになる。


ロシアが核兵器を使いそうだとの報道は世界中のメディアが行っているが、最近読んだものでは英経済誌ジ・エコノミスト9月29日号の「ウクライナ戦争は核戦争に突入するのだろうか」が興味深かった。どのような核兵器が使われるとされているのか。また、その結果として何が起こるのかについて、かなり突っ込んだ予測を紹介している。

同誌によれば、今年は「キューバ危機」から60年目にあたるので、まずはウクライナ危機ともいうべきいまの状況と、1962年のキューバ危機との比較から始めている。いうまでもなくキューバ危機は、当時のソ連核兵器キューバに持ち込み、発射サイトを建設したことから始まった。その現実がアメリカのケネディ大統領(当時)に報告されたことから、一気に「核戦争」の可能性が目前のものとなった。


このときにはケネディ政権が断固としてキューバ海上封鎖し、そのいっぽうでソ連と交渉を続けて(両首脳が書簡を交換し)解決へと向かった。この過程は興味深いものだが、とりあえず結果のみ述べると、フルシチョフ第一書記のソ連キューバから核ミサイルを引き揚げ、いっぽうでアメリカはトルコに配備していた核を引き上げる(実施したのは翌年だった)ことで話がついたとされる。この間、13日間だったが、世界が核戦争の危機に直面した緊張した時間だった。

ジ・エコノミストは、ウクライナ危機とキューバ危機を比較して違いを述べているが、まず、キューバの危機はあくまでも「戦略核」の配備に関するものだったが、今回は「戦術核」の問題だということである。当時、米ソの核戦略においては「均衡」が問題とされ、その解決にあたっても、喉元に核兵器を突きつけられたかたちのアメリカが、同じようにソ連の近傍に配備した核を引き上げることで、再び両者の均衡が回復されたとみなされた。


これはジ・エコノミストの記事にはないが、キューバ危機分析の古典とされるグレアム・アリソンの『決断の本質』では、この危機の解決にあたっては「合理的側面」「組織的側面」「政治的側面」から分析して、米ソの合意が成立したとされている。つまり、核戦略というものの大目的にかなうにはどうするか、そのさい組織の機能はどうだったか、それぞれの政府内部はどう行動したかの3側面から見たわけである。

ジ・エコノミストの記事では、今回のウクライナ危機を、こうした対立する超大国同士のかけひきというよりも、プーチンが自分の失態によって生じた、ロシア軍の戦場における劣勢を、どのように回復するかの問題として捉えている。つまり、アメリカおよびNATOの支援を受けたウクライナ軍に、押され気味の自国の状況を、小型の核兵器を用いると威嚇して好転させようとし、ついにはその使用に踏み切る危険が高まったと見ているわけである。

では、ロシアはどのような核兵器を使うのだろうか。この点については、威力の比較的小さな「戦術核」を用いると推測されている。目的としては、①単なるデモンストレーション、②ウクライナの国土を攻撃、③NATO諸国を攻撃する、の3つだが、いまのところは、①のデモンストレーションつまり威嚇することが最優先だろう。次に、どこを狙うかだが、これも、①黒海の上あるいはウクライナ上空で爆発させて、直接死者を出さないようにする可能性は高いが、その場合でも、核爆発によって生まれる電磁波で周囲一帯の電子回路は破壊される。


しかし、ロシアの将軍たちとしては、もっと戦術的に実益を兼ねたものにしたいので、②ウクライナ軍の飛行場、補給施設、砲兵旅団などを考えているかもしれないという。もっと直接に恐怖を与えるには、③ウクライナの都市を核攻撃して降伏を要求することもありうるが、その場合には直後のアメリカおよびNATOによる反撃を覚悟しなくてはならない。

ジ・エコノミストはこうした選択肢を紹介しながら、小型の核兵器がもっている実際の破壊力にも注意を喚起している。おそらくは、広島型といわれる原爆の3分の1くらいのものが使われるとして、それがどれほどの脅威をもたらすかということである。たんなるデモンストレーションなのに、決定的な破壊効果をもってしまい、それが全面的な核戦争になることは、いまのロシアは望んではいないだろう。

いっぽう、小型核の破壊力は、敵軍が広範囲に展開している場合には、単に13両の戦車を破壊しただけに終わるという研究結果もあり、これでは威嚇になるかどうか不明だろう。これも同記事にはないエピソードだが、冷戦期に朝鮮戦争マッカーサー国連軍司令官が核兵器を使おうとしたさい、トルーマン大統領が道義的観点から止めさせたという話がある。しかし、冷戦研究で知られているJ・L・ギャディスの『冷戦』によれば、実際には、当時の朝鮮半島は人口密集地がなかったので、「効果が限定的」ということでやめたという面が大きかったという。


本筋にもどるが、では、プーチンが何らかの形で核兵器を使ってしまったとき、世界はどのように対応するのだろうか。アメリカ政府はロシアが核兵器を使用すれば「破滅的結果」になると警告しているが、これはあまりに曖昧だと同誌は指摘している。もっと具体的に考えれば、まず、①ロシアが核兵器を使っても、アメリカとNATOウクライナにもっとレベルの高い通常兵器を供与することで対応する。あるいは、②アメリカ、英国、フランスが限定的な核兵器使用に及んでしまうこともありうる。しかし、もっとも可能性が高いのは2つの中間で、③NATOの軍隊が核使用はないにしても、ロシアを直接攻撃するようになることだという。

とはいえ、このような事態に至っても、プーチンのロシアが屈服するという保証は何もない。あえて比較すれば60年前のキューバ危機の場合には、ソ連のトップはフルシチョフ第一書記だったが、事実上は集団指導体制であり、こうした点を突いて交渉が展開できたのだとジ・エコノミストは述べている。先ほどのグレアム・アリソンの説でいえば、そこには「組織的側面」や「政治的側面」が存在したということになる。悪く言えば、かなりきわどい取引もあったということだ。

The Economistより:右下の丸がロシアの戦術核の威力


ちなみに、このグレアム・アリソンの「合理的側面」「組織的側面」「政治的側面」の仕分けは、アメリカのネオリアリズムの始祖ケネス・ウォルツによって激しく批判された。彼によれば、核戦略について論じる場合は理論に徹底すべきであり、3つのなかでは「合理的側面」のみに限られるというのである。ウォルツは組織とか政治とかの側面は「外交術」であって理論ではないという。「それはあたかも経済学で、市場についての議論をしているときに、企業の経営について語ろうとするようなもの」というのだ。

これは、ウォルツのネオリアリズムが、ある側面ではシカゴ派経済学の市場原理主義に根差していることを、如実に示している例でもある。もちろん、だからといってウォルツの先駆的業績が傷つくわけではない。しかし、市場を論じるさいにも企業行動の検討は欠かせないように、実際の戦略においても、こうした「非理論的」な側面や部分が打開のヒントになっている場合は、けっして少なくないように思う。つまり、問題の構造は変えられないが、構造の認識の錯誤には気がつくチャンスが生まれる。

ジ・エコノミストは、キューバ危機の歴史を書いたマックス・ハスティングスの言葉を引用しながら、たとえ「ダーティな取引」になろうとも、核戦争への転落を防ぐにはロシアとの交渉だけが、最悪の事態を回避する道であると示唆している。その意味においては、60年前の経験が多少は生きてくるかもしれない。