プーチンは間違いなく追いつめられている。しかし、そのことがますます核使用に「正当性」を与えつつあるとの指摘がある。いまやロシアはアメリカおよびNATOをバックに控えたウクライナに母国を蹂躙されている。したがって、プーチンのこれからの決断は、母国を守るための起死回生の行為として行われるというのだ。
すでにプーチンは核攻撃を準備しているとの示唆がなされている。英国紙ザ・タイムズの10月4日付「プーチンは『ウクライナへの核兵器列車を命じる』」との記事だが、ウクライナに対して核兵器を使用する「意志を示す準備にはいった」と、列車の写真入りで報じている。ロシアはもう降伏寸前と思っている人には意外かもしれないが、そうしたロシア軍の窮地こそが、むしろ、プーチンによる核使用の条件を整わせたと指摘する説も少なくない。
The Timesより:すでにロシアは核発射の準備をしている
外交誌ナショナル・インタレスト10月22日号はダン・グーレの「もしプーチンがウクライナに核攻撃をしかければ、ロシアは勝利するかもしれない」を掲載している。グーレはレキシントン研究所の副所長で専門がロシアと世界戦略。一見暴言のような指摘だが、これまでも指摘されているプーチンの核攻撃と、それに対するアメリカおよびNATO諸国の対応について、ひとつのケースを示している。
「プーチンはこれまでも核の使用を警告してきた。それがウクライナ内のどこかを目標としていようと、あるいは単なるデモンストレーションであろうと、効果は同じことになるだろう。プーチンの核による一撃は、アメリカとNATOがそれに見合う反撃ができなければ、西側のウクライナ政府への支援を動揺させる。それはNATOの崩壊をもたらすかもしれない。つまり、プーチンは失うことによって勝利するのである」
すでにこのブログでは「プーチンの核攻撃に対して何が起こる?」などで、プーチンが核攻撃を断行したさい、アメリカとNATOがどう反応するかについて、いくつかのケースを紹介している。そのなかで、アメリカとNATOは、あいかわらず通常兵器で報復を繰り返す場合と、最低限の核兵器を用いるにいたるケースについて述べておいた。この点について、グーレは「アメリカとNATOは核兵器による報復はできない」とのケースが最も可能性が高いと見ているようだ。
The Nation Interestより:プーチンにとって栄光とは何か
まず、そのような行動にプーチンが及ぶのはなぜなのか。「ロシアの核ドクトリンはこれまでも、通常兵器であってもロシアへの攻撃がその存立を脅かすものであれば、核兵器の使用は正当化されることになるだろうと、明確に述べてきた」。いっぽう、アメリカとNATOが核兵器で報復しないのは何故なのか。まず、「この数十年にわたるアメリカおよびNATOにおける戦争シミュレーション(その中には私が参加したものもある)においては、特にアメリカによる核使用は困難とされてきた」。
さらには、これまでのバイデン大統領のスピーチでも「ロシアによる核兵器の使用に対する対応は、ウクライナへの通常兵器の供与を倍増させることによって、さらなる経済制裁を科すことによって、行なうと明言してきた。そうした制裁によって、ロシアを国際社会のなかの嫌われ者国家にするというわけである」。こうしたアメリカの発想には、自国の道徳性の優位を維持することだけでなく、核使用を認めてしまえば、世界を果てしない核エスカレーションに巻き込んでしまうという憂慮もあると思われる。しかし、そうした姿勢がロシアの第一撃に対しての核による反撃をためらわせ、同盟国間に不安と分断を生み出すというわけだ。
すでにウクライナを戦場とした戦いにおいて、ロシアはまったくの劣勢に立たされている。このまま通常戦争を続ければロシアが屈する、あるいはロシア国内に反乱が生まれると思う人も多いだろう。しかし、ロシアの内情に詳しいグーレはそう見ていない。「ハイマース、長距離ミサイル、高性能ドローン、重兵器、さらにはF16戦闘機などの供与はロシア軍を撃破するかもしれない。しかし、それでは戦争は終わらない」。
ロシアの核使用に至るまで、ウクライナ戦争は終わらないという予想は、戦争が始まった時点で、すでに米国政治学者ミアシャイマーが述べたことでもある。それは「核戦争を誘発する『ウクライナでの火遊び』」を読んでいただくことにして、グーレによれば「プーチンはこの戦争は本質的に、NATOとその代理国家であるウクライナが、ロシアの存在自体を危機に陥れていると信じている」。
たしかに、プーチンは嫌われ者国家(パーリア・ステイト)の嫌われ者独裁者になっているが、それは逆に、彼の強みになっていることも確かである。もう、「失う」ものはロシアという国家以外、なくなっているのだ。すでに彼は2018年のインタビューで次のように語っている。「最初の核使用だから意味があるのだ。(強国である)ロシアが存在しない世界など、われわれにとってまるで必要ではない」。
グーレが描くプーチンおよびロシアは、ほとんど手負いのシベリア熊であり、終末論的な雰囲気が漂っている。いうまでもなく、こうした独裁者は世界によってきわめて危険であることは間違いない。「母国ロシアを崖っぷちから守ろうとしているプーチンにとって、核兵器の使用は国民の深い尊敬を得るのだろうか、それともそれ以上の何かか、あるいはまったくの恐怖だろうか。プーチンにとってはそれで十分なのに違いない」。
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