HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

クリミア橋の爆破でプーチンはどう出る?;核保有国どうしの戦争に発展するのか

クリミア併合の象徴として建設された「プーチン橋」の破壊が、核戦争の切っ掛けとなってしまうのか。世界は固唾を飲んで見守っている。欧米のメディアが報じている情報や推論などから、いったい誰が実行したのか、そして、プーチンが核を使用する可能性があるのか。きわめて危険ないまの状況の本質を読み取ってみることにしよう。

分厚いコンクリートを破断する激しい爆発だったという


まずは何が起こったかを、少し細かいが確認したい。日本時間で10月8日の早朝、クリミアとロシア本土をつなぐ唯一の橋であるクリミア橋で爆発が起こった。この「橋」は全長12マイル(約19キロ)で、車道と鉄道が平行して走っている。ヨーロッパ最長とされ、橋というよりは海上を走る高速道路のように見える。この道路側を走るトラックが突然爆発し、近くを車で走っていた3人が死亡し、2本ある道路の1本の一部を崩れさせ、戦車を積んで走る列車に火がうつって戦車が炎上した。

The Wshington Postより:上が鉄道、下が道路。道路は1本が崩落した


このニュースが世界に流れると、クリミア橋はロシアからの唯一の補給路なので、プーチンはますます窮地に陥ったと論評された。ウクライナではゼレンスキー大統領府顧問であるミハイロ・ポドリャクは「クリミア、橋、始まりだ。すべて違法なものは破壊されるべきだ。すべて盗まれたものはウクライナに変換されねばならない」などと述べた。また、ウクライナのメディアも、同国保安局が関わっていたと報じたので同国内が大いに盛り上がった。

The Wshington Postより:クリミア支配のための象徴として建設


こうした事態を受け止めた世界のメディアは、クリミア橋の破壊はウクライナ側の「作戦」の成功ではないかとの報道を行った。その後、ポドリャク顧問が「爆発したトラックはロシア側から橋に侵入していた。答えはロシアで見つけるべきだ」と述べる。これなどロシアの自作自演だと言いたいのか、それともロシア国内の反乱分子の仕業だと示唆しているのか曖昧で分からない。さらに、ゼレンスキー大統領は10月8日のビデオ声明で「ウクライナは未来が明るいことを知っている、それは全土に、特にクリミアに占領者のいない未来だ」と述べたので、日本のメディアの多くは前日の爆発を念頭においた発言だとして、ウクライナ側の作戦成功を印象づけている。

いっぽう、ロシア側では政府公認の野党ロシア正義党のセルゲイ・ミロノフ議員は「引き下がることなどありえない。反撃のときだ」とツイートし、また、ロシア上院の外交委員会議長レオニド・スルツキ―も、フィナンシャル・タイムズ紙の取材に対し「お返しは厳しいものであるべきだ」と述べつつ、「当面すぐにというわけではないが」と言葉を濁している。つまり、厳しい報復とは何なのかは言わないでおくというわけだ。

ft.com.より:橋というよりは、海上の高速道路のようにみえる


これまでのところプーチン大統領は具体的なコメントを控えているが(9日にコメント、【付記】を参照)、ロシア当局は事件の直後に「橋に対するダメージは重大なものではない。道路と鉄道は土曜日(10月9日)の午後には再開する」とコメント、国防省は「ウクライナ本土への軍隊の輸送は、クリミアを経なくとも陸と海から行われるだろう」と述べている(フィナンシャル・タイムズ10月8日付)。ということは、かなりのダメージだが、ネットに流れる写真などを見ると、これで決定的な事態となったというわけではない可能性もある。

この点について、ワシントンポスト紙10月8日付は、ウクライナ側の事件のあった地域の状況を「セバストポリ知事のミハイル・ラズヴォザイエフは、ガソリンを買いに殺到する動きがあり、一人当たり野菜は3キロまで、製品のパックは3つまでとアナウンスされたと語っていた。しかし、こうした規制はすぐに撤回された」と述べている。同時にクリミア側について「クリミア知事セルゲイ・アショノフは、事件の調査が終わりしだい、橋の再建が始まるだろうと語り、この件について特に危険はなく、パニックになる理由もないとコメントしている」と報じている。もちろん、おたがいに平静を装っているということはあるだろう。

The Washington Postより:鉄道上で炎上した戦車を道路から見上げる


実際、破壊された橋の状況は、インターネットのスマホ映像で拡散されていて、誰にでもだいたいの様子が見られる。大きく破壊されたのは道路で、2車線のうち1本が約300メートル海に崩落してしまっている。鉄道の貨車の上に積まれた戦車は、7台がひどく焼け焦げているが、鉄道自体は道路のように海に崩落してはいないようだ。もうすでに、この事故現場での検証は進行していて、欧米のマスコミも橋の上で取材や撮影をしているらしい。

ft.comより:道路での調査が行われている


したがって、ロシア当局が述べている「土曜日午後までに鉄道は復旧し、道路は破壊されていない1本を使って運送できる状態にする」というのは、(10月8日午後が無理でも)それほど決定的なダメージだとは思えない。もちろん、こうした爆破についてまわるのは、思いもよらないひび割れとか、一見関係のないところに亀裂が生まれるとかの隠れた危険である。それでも、当面の輸送には使えるかもしれない。また、危険が大きいと判断したときにも、2014年以前なみの輸送なら、ウクライナ本土への陸路や海路がまったく断たれているわけではない。ただし、プーチンの誕生日の翌朝にこのような事件が起こったこと、しかも、それが「プーチン橋」と呼ばれている記念碑的建設物だったことは、イメージとして大きなダメージとなるだろう。先週、ヘルソンからかなりの規模の撤退をしたこともショックになっているとの説もある。

ft.comより:ロシアからクリミアへの唯一の補給陸路とされる


前出のフィナンシャル・タイムズは、実際にこの爆破事件を起こしたのは誰なのかについて、もう少し深く入り込んでいる。同紙によれば、ウクライナのキーウに滞在している西側外交官は、この爆破事件について調べているうちに、ウクライナの高官から情報を得たという。それによれば、橋の上で炎上したロシアの戦車は、交戦中のロシア軍連隊本部に運ばれていく途中であったことを、ウクライナ軍がつかんだのだという。そこでウクライナ軍は、橋がクリミアへの民需品を輸送するルートではあっても、戦車を燃やしてしまうことは軍事目的であり、戦争犯罪にはならないと判断したというのである。

それが本当だとすれば、やはりウクライナ軍の軍事作戦ということになるが、ロシアのリアクションしだいによっては、祖国の栄光だけでなく、恐るべき新局面を開いたことになる。EUの外交政策チーフを務めるジョセップ・ボレルはフィナンシャル・タイムズに語っている。「それを行ったのが誰かは分からないし、ウクライナは何も言わないが、どんなエスカレーションを引き起こすか私は憂慮している。プーチンウクライナ侵攻を断行したとき、こんなこと(自分の名がついた橋が爆破されること)が起こるとは思わなかっただろう。しかし、これは新しい核保有国間の戦争の始まりなのだ」。

【付記】10月10日 フィナンシャルタイムズ10月10日付は「プーチンウクライナの『テロリズム的』なクリミヤ橋破壊を非難」によれば、プーチン大統領は9日にビデオ演説で、今回の橋破壊にはウクライナ保安局が関わっており、それは『重要な民間施設へのテロ的攻撃』と非難した。これに対してウクライナのゼレンスキー大統領は、住宅などの民間施設を攻撃し、民間人を殺害てきたのはロシアだと反論しているという。同紙は、ウクライナは自国が関わっていたことを認めていないが、政府関係者がSNSにロシアをからかう投稿を行い、またウクライナ郵政省が(爆破の)記念切手を発行していることを紹介している。

【付記2】同日 予想されたように、プーチンウクライナに対して報復を行なった。ウクライナ側のデータによれば75発のミサイルだったという。これで終わりなのか、これからも続くのかは分からない。報復に核兵器が使われなかったことについてはホッとしたが、核兵器使用の危険がなくなったわけではない。西側は橋を爆破したのが何者なのかを問うことなく、G7緊急会合でロシアへの非難を強めようとしている。もちろん、西側諸国はロシアにすでに敵対しているわけだから当然かもしれないが、起こった事件の真相くらいは突き止めようとしてみてはどうなのか。それはロシアのウクライナ侵攻を、2014年以来のウクライナ東部での紛争や、黒海での西側による威嚇的軍事演習について言及することなく、突如一方的に始まったものとした姿勢と同じものだろう。最初から対話の可能性をさぐる意志などないのだ。

 

プーチン核兵器についてはこちらもどうぞ

hatsugentoday.hatenablog.com