HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

英国軍の元パイロットが中国軍で教官になっていた;楽観的な期待が生み出した危険な交流の広がり

半月ほど前に、英国軍の元空軍パイロットが、中国空軍のインストラクターをやっている、というニュースがあって世界を驚かした。しかし、それはたまたま起こったことではなく、アメリカを中心とする中国への希望的観測が生み出した、実に危険な「相互交流」に付け込んだ、軍事的作戦であったことが明らかになりつつある。


経済誌ジ・エコノミスト11月3日号に「西側の元軍事パイロットたちが中国の誘いに乗っている」との記事は、短いがなかなか深刻な事態を暴露している。この記事は次のような牧歌的な話から始まる。中国東部の田舎に中国軍の飛行機が不時着した。現地の人たちが群がると、出てきた2人の乗組員の1人は赤毛の白人だった。もうひとりの中国人パイロットが慌てて、集まった人たちに「写真は撮るな!」と怒鳴ったというのである。

すでに10月18日に英国の国防大臣が、中国が元英軍パイロットたちをリクルートするのを、やめさせようとしていると発表した。このとき、これまで元英軍パイロットたちのかなりの数が、すでにインストラクターとして中国軍に雇われていることも明らかになった。たとえば、南アフリカの「試験飛行アカデミー」は、30人ほどの元英軍パイロットたちを、中国人民軍に送り込んできた。しかも、給料が1人1年で27万ドル(約4000万円)という高額の報酬だというのである。

その後、さらに他の国からも元空軍パイロットたちが、リクルートされていることが判明した。オーストラリア空軍の元パイロットが少なくとも2人、中国からの誘いを受けたが断った。また、ニュージ―ランド空軍の4人の元軍事パイロットが中国人民軍に雇われた。さらに、元アメリカ空軍のパイロットがオーストラリアで逮捕されたが、その理由は伏せられている(おそらく中国人民軍からの誘いを受けていたと思われる)。

The Economistより:台湾侵攻のための準備だったともいわれる


私はこの記事を読んで、太平洋戦争の真珠湾攻撃のさい、ハワイの米軍人たちが、爆撃を行った日本の飛行機には、ドイツ人が乗り組んでいたと証言した話を思い出した。日本機が低空飛行をしたので地上からドイツ人が見えたというのだ。当時、アメリカ軍の兵士たちは、日本軍パイロットのレベルは低いと信じていたので、正確で秩序ある爆撃が遂行できたのは、ナチスドイツからパイロットを借りているからだと思ったという、笑えない伝説的エピソードである。

もちろん、これは今回の中国空軍の話とはまったく異なる。幻想ではなく現実なのだ。中国はちゃんと目的と方法論があり、高額の報酬を条件にして、西側諸国の元パイロットたちをインストラクターとして雇い、(たとえば台湾侵攻のさいの)実戦に備えてきたというのが真相なのだ。前出の南アフリカの「アカデミー」は、単に基本的な技術、たとえばジェット機を水平に保つ技術について、指導を行っているだけだと述べているが、関係者でそんなことを信じる者は誰もいない。

「この空軍トレーニングをめぐるスキャンダルは、いかに西側諸国と中国との関係が、いま急激に悪化しているかということを意味する。なぜなら、ごく最近までこうした公式の軍隊による交流というのは、ごく普通のことだったからだ。中国人民軍の将校が英国軍の学校に通うこともあったし、また、軍大学校にも入っていた。(中国人民軍の学生はしばしば諜報関係者だと疑われ、そのさいには重要案件には近づけないようにしていた)」


こうした、今考えれば危険な交流は、けっして英国だけに限られたものではなかった。それは、ニュージーランド軍でも行われ2019年にも新たな交流についての同意がなされていたらしい。オーストラリア軍はごく最近まで、中国の政府関係者を自国の軍事研究所に招いていたし、アメリカ軍ですら、2014年と2016年に、ハワイでの海軍による軍事演習に、中国人民軍の将校を招待していた。

これらはすべて、中国との相互的な信頼と理解を構築するためとされていたが、カンタベリー大学のアン=マリー・ブラディは「それはまったく希望的観測(ウィッシュフル・シンキング)によるものだった」とコメントしている。日本ではさすがに自衛隊の重要な訓練に中国人民軍の将校を招待してはいないと思うが、さまざまな企業や研究所には、あまり厳密なチェックをされないまま、同様の「招待」が行われてきたことは多くの人が知っている。