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東谷暁による「事件」に対する解釈論

プーチンの悲惨な撤退作戦;ヘルソンを去るとき大洪水が起こる?【続報あり】

ウクライナ南部の要衝ヘルソンから、ロシア軍が撤退を発表した。しかし、ウクライナはこの発表に懐疑的で、事実、ドニプル川西岸にいる2万人のロシア兵には動きがないという。そのいっぽう、ロシア側は撤退にさいして、かなりきわどい作戦を計画しているという。それはいかなるものだろうか。そして、その成否はどうなのか?(続報は文末につけてあります)

ヘルソン撤退はプーチンの威光をいちじるしく傷つけるだろう


すでにテレビのニュースでも、ロシア軍がヘルソンから撤退すると発表したことは報道されている。しかし、ウクライナのゼレンスキー大統領は、この発表じたいに疑問をもっているようで、「慎重に行動する」とコメントしている。たしかに、ロシアは政治においても軍事においても、フェイクやフェイントはふつうのことだから、注意するのが当然だろう。

経済誌ジ・エコノミスト11月9日号は「ロシアはウクライナ南部のヘルソンを放棄するといっている」というそっけないタイトルを掲げ、サブタイトルで「しかし、それは罠ではないのか」と懐疑を示している。同日、ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相と新任のセルゲイ・スロヴィキン総司令官が、ヘルソン現場の将軍たちと面談して、いまのロシア軍の窮状を認め、撤退を打ち出したことはまちがいないようだ。しかし、それはけっして単純な話ではない。

ひとつは、それが世界中で指摘されているように「罠」の可能性である。すでにウクライナ軍はヘルソンに30キロの地点まで進軍しており、クリミア橋を破壊されて十分な兵站が不可能なロシア軍は、ドニプル川の左岸に配備した2万人が極めて危険な状態にある。このまま全面的な市街戦に突入するなら、ロシア側のいちじるしい不利は明らかだろう。ショイグはどこまで本心かは分からないが「いまやロシア兵の命こそが最大の課題だ」と語っている。

The Economistより:撤退戦は難しいというのが常識だ


しかし、既に述べたが、ヘルソンの西岸に投入されたロシア軍2万人が、撤退の準備をしている様子は見られないというのが、ウクライナ側の観測らしい。2万もの軍隊を動かすとなれば、その輸送のための準備は膨大なものになるはずである。しかも、以前のように、ウクライナ橋を通じての急速輸送ができない状態で、あっさりと「退きます」と言っているのが信じられないのは当り前だろう。

もちろん、この説に対してロシアは本気だという見方も多い。まず、ヘルソンでの戦いで勝つ見込みがないのに戦えば、ますますプーチンの威光に傷がつくことになる。また、ヘルソンを放棄して、他の戦線に絞っていくという戦略は、それなりに合理的である。ただでさえ兵力不足のロシアにとっては、多少の救いになるかもしれない。すぐに準備ができていないとしても、撤退したいのは嘘ではなく、スロヴィキンを新たに総司令官に任命したのも撤退のためだという論者もいる。

とはいえ、いまの時点でロシアが撤退するのは「きわめてきわどい作戦」であり、「恐るべき惨状」が待ち構えていると見ている軍事専門家は多い。ただでさえ、撤退戦は難しいものであるのに加え、ヘルソンの西岸からの渡河は平底船やはしけ程度の小船舶で行われることになる。したがって、重い武器は積むことができないから、兵士たちは軽装備、あるいは何も身に着けずに逃げ去ることになるというのだ。

こうした状況を見越してのことだろう、スロヴィキン総司令官が「恐るべき示唆」を口にしたことが話題になっている。彼はショイグ国防相に対して「ウクライナ軍がカホウカ水力発電所のダムを破壊しようとしている」と「警告」を発したという。もし破壊されれれば、ノヴァ・カホウカでは3キロの巨大ダムが決壊し、大洪水になってしまうのである。ウクライナのゼレンスキー大統領は10月に、逆にこれはロシア側の企みであり、すでに地雷をしかけていると世界に向けてロシアを非難していた。

The Economistより:ヘルソンの戦い自体は終わりかけている


同誌記事の締めくくりは、この恐るべき作戦について、シンクタンクCNAのマイケル・コフマンの警告が引用されている。「環境を破壊するだけでなく、ロシア自身の足元をすくうことになる」。それはそうだろうが、果たしてロシア軍がそこまでやってしまうのかどうか。激しい追撃を牽制するため、何かはやるだろう。しかし、ダム破壊までやるとすれば、ヘルソンからの脱出が困難をきわめ、撤退を援護するための最後の手段としてだろう。もし実行してしまえば、ウクライナ南部の支配は永遠にあきらめたということになる。

【続報:12日22:13】11月11日、民間衛星写真会社マクサー・テクノロジーズが、カホフカ水力発電所のダムの一部が破壊されている映像を発表した。ニューヨーク・タイムズ11月12日付は速報のなかで「衛星写真がカホフカの中心的ダムにダメージを与えている様子を示している」を掲載している。

New York Times11月12日付より:写真中央の部分が破壊箇所


同記事によると、この数日間、ドニプロ川のダムが攻撃によって決壊する懸念が指摘されたが、12日に政府系ロシア報道機関がカホフカ水力発電所の周辺で大きな爆発が起こる様子を映したビデオを公開した。この爆発は同発電所の一部とみられているという。(さらに、詳しい情報が分かりしだい続報を付け加える予定だ)

【12日 22:30】ューヨークタイムズによれば、このダムがある地域では、この数日間、砲撃や爆発の音が響きわたり、ダム決壊の懸念が高まっていた。しかし、建築物への破壊の程度など、状況の把握は難しいと思われていた。11日に前出の衛星写真が全世界にリリースされると、次の日にはロシアでダム現場での爆発の様子を示すビデオが放送されたわけである。この爆発がどの時点のものか、まだ明らかにされていないが、この地域の住人によると11日午後に大きな爆発音が聞こえたとのことである。

ロシアの戦争支持派ブログであるリバルはこのビデオを投稿して、ロシア軍がこの爆発を仕掛けたとコメントしている。ところが、他のロシアのニュースではウクライナの仕業だとして非難しているという。この数週間、ダムへの攻撃についてロシアとウクライナは、お互いに相手が破壊計画を進めていると批判し合ってきたが、ニューヨーク・タイムズによれば、いまのところこのダムの破損がどれほどのものか、また、仕掛けたのはどちらかかも明らかになっていないとのことである。

ただ、ウクライナ政府は、自国を破壊する洪水を起こすようなことを、ウクライナ側がする動機はなく、ロシアの主張には証拠がないと非難し、これは「偽旗作戦」に他ならないとしている。ウクライナのゼレンスキー大統領も「ロシアはウクライナ南部の大掛かりに破壊を意図的に進めている」と、先月のヨーロッパ議会での演説で述べていた。こうしたウクライナ側の指摘は理にかなったものといえるだろう。