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東谷暁による「事件」に対する解釈論

日本経済が回らないのはマスクのせいなのか?;ちゃんとデータを元に議論すべきだ

自民党の重鎮さんたちは独特の精神構造をしているようだ。少し前に萩生田光一氏が常態復帰を促すつもりで「海外ではマスクはしていない」といったので呆れたが、こんどは茂木敏充氏が同じく「海外ではマスクはしていない」と発言して、5類への移行に弾みをつけようとしている。まず、「海外」とはどこなのか。また、海外と日本との条件が大きく違っていれば、当然、マスクを維持してもおかしくないはずだが、その「データ」を提示していない。それはちょっと見ただけで、おかしくないことが分かる。


まず、この人たちの「海外」とは東アジアは入っていないようで、台湾や香港はもちろんいまもマスクを付けているし、中国本土などでは、いまやマスクは文字通り死活問題となってプレミアムが付き、コロナ治療薬はもちろん、単なる熱さましですら薬屋から姿を消してしまっている。なぜ、日本でマスク推奨が継続されていたかといえば、まだ日本は彼らのいう「海外」ほどには、コロナ禍が鎮静化していなかったからだ。もし鎮静化させるのが政治の仕事だとすれば、このお二人などは土下座して日本国民に謝るべきだろう。

また、いまも「マスクで感染阻止というのは非科学的」といっているコメンテーターがいるが、非科学的なのは本人である。こうした説の根拠となったのは、スウェーデンの免疫学者の自信ありげな主張だったが、すでにオックスフォード大学のチームがこの免疫学者の使ったという論文をすべて精査し、その7割以上がつけたほうがいいと指摘していることを証明して、世界の専門家をあきれさせたものだ。


さて、では日本と彼らのいう「海外」が、どれくらい違うのかといえば、日本の第7波と第8波では世界でもまれにみる感染の拡大が生じていることを見れば分かる(上のグラフ)。それにくらべて、彼らのいう「海外」である欧米の場合には、ろくろくマスクもかけないで、長期に感染を制御することができなかったために、大勢が感染して大量の死者を生み出した。そして、生き残った人たちの免疫が、かろうじていまの「マスクなしの生活」を可能にしているだけのことなのだ。


まず、感染の状況だが、国際比較では100万人での数値で行うので、それで見てみれば、日本はかなり感染拡大の抑制に成功してきたが、今回の第7波と第8波では絶対数で世界一という感染数を記録した。もちろん100万人当りで比較すれば、世界一ではないにしても、米国、英国、スウェーデンと比べても、断トツに高い数値を示してきたのだから、日本の当局がマスクで少しでも感染を抑制しようとしたのは当然だった(上のグラフを参照)。どこかの第三与党政治家が、マスクは「ちょんまげ」だと揶揄していたが、そんなことを言っている政治家のほうがよほど滑稽なのである。


では、死者数はどうだろうか。これも100万人当りでの数値で見てみよう。これで見ると日本は第6波まではかなり低い数値を維持してきたのだが、第7波や第8波においては米国や英国よりも多くの死者を出してしまったことが分かる(上のグラフ)。まことに残念だが、圧倒的な感染者数が出れば、オミクロン株がデルタ株より症状が軽いとしても、やはり死者数は急上昇してしまうのである。ここで注目してよいのは、スウェーデンが日本より(100万人あたりの)死者数が多いことで、これは先の感染者数と比べると首を傾げざるをえない。


実は、これはスウェーデンが感染者数を調査することを事実上やめてしまっているからで、感染者数は現実を反映していない。これなどは政策上の分類とか措置を変えたことで、かえって現実が見えなくなり、危険が増した好例といえよう。ついでに、スウェーデンのデータに「情状酌量」を入れないでグラフをつくると、事態はもっと深刻なことが分かるが(上のグラフ:ジョンズ・ホプキンス大学のもの)、スウェーデンという国は厳しい状況になると、しばらくデータを公表しないという変なクセがあって、それは中国ほどではないにせよ、かえって誤解を生み出してきたのである。

さて、日本だが、どうも自民党の重鎮さんたちは、日本国民はみんなマスクを外したいと思っていると誤解しているようだ。しかし、それは他でもない、自民党にべったりといってよいほど親しい産経新聞が公表した世論調査で、実は、日本国民のかなりの部分が、5類に移行するさいにマスクのルールを変えてしまうことに、不安をもっていることが明らかになっている。それは当然だろう。私はかなりの頻度でラッシュ時の電車に乗るが、電車内では老いも若きもほとんどすべての人が、マスクをしっかりとつけている。これはコロナ禍がまだ続いていることと、もうひとつは日本人のルール感覚が強いことで、これを同調圧力とかいって貶めるべきではないと思われる。

 

さて、その産経新聞の調査データだが、コロナの分類を2類相当から5類に引き下げることについては、「引き下げるべき」が48.7%、「今のままがよい」が46.5%とほぼ拮抗している。しかし、マスクについては「原則不要とすべき」は31.9%にとどまるのに対して、「今のままでよい」が64.4%だった。これを日本人の同調圧力への弱さとか、マスク依存症とかいう者はいるかもしれないが、さきほどのべたように、感染の状況や死者数の急増を考えれば、きわめて合理的でルール感覚のある反応というべきと思うが、自民党の重鎮さんたちはどう考えるのだろうか。

ちなみに、マスクを外したがっているとされてきた若者たちも「今のままがいい」が多かった。20代でも「原則不要」が36.2%で、「今のまま」が64.4%。すべての世代で「今のまま」が圧倒的に多いのだそうである。いま、一番、マスクをとれと言いたいのは、財界人とかビジネスマンかもしれないが、ここで考えるべきことは、マスクを無理やり外してしまえば、本当に日本において「経済が回る」のだろうか。いや、私は、いまでも状況の悪さにのなかで、けっこう回っていると思っているので、コロナ禍以前に比べて飛躍的に「経済が回る」のかと言い直したほうがいいだろう。日本の経済が思うように回らなかったのは、コロナ禍以前でも同じで、飲食店やホテルなどを別として、本当に経済復活に向かうには、もっと別の発想が必要だろう。


もうひとつ、注意すべきことは、因果関係と相関関係は似ているが、本当は根本的に違う場合が多いということである。私の年齢と日本のGDPは強い相関関係にあったが、それは1990年に崩壊した。あったのは相関関係だけで因果関係ではなかった。マスクの装着率と日本経済の低迷は、この数年のあいだ強い相関関係があったが、実は、直接の因果関係はない。コロナ禍がひどいので経済がさらに低迷したのであって、マスクをかけたから経済が低迷したのではない。マスクは2つの事実を結びつける現象にすぎず、それを取り違えると、かえってコロナ禍からの脱出が遅れて、経済の低迷が長引くおそれが生じてしまうかもしれない。「気概」だけではこれは解決できない。

 

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