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東谷暁による「事件」に対する解釈論

戦時のウクライナで汚職高官の大量処分;その背後で何が起こっていたのか?【増補】

米国やEU諸国からの戦車供与が決まるなかで、ウクライナ国内は汚職事件にともなう政府高官の解任や辞任があいつでいる。なかでもシャポワロウ国防副大臣ティモシェンコ大統領副長官の辞任は、内外に大きな衝撃を与えており、その背後関係の究明やこれからのゼレンスキー政権の立て直しに注目が集まっている。(「増補」は最後の部分に「追報」として加えてあります)

 

長い記事を掲載したの米経済誌ウォールストリートジャーナル1月24日号で、A4判でプリントアウトすれば8ページを超えるだろう。ここではかなり踏み込んだことも書かれているのだが、すでに翻訳された日本版は1ページに満たない「要約」というべき記事だ。かなり重要な内容を含むので、少しだけ補足しておきたい。

日本版でも、ウクライナ議会のタラス・メルニチュク政府代表が、24日、前線基地であるドニプロペトロウシク、キーウ、スムイ、ヘルソン、ザポロジエの知事を解任したこと。また、ヴャチェスラフ・シャポワロウ国防副大臣が24日、キリロ・ティモシェンコ大統領府副長官が23日に辞任したことは記載されている。

wsj.comより:辞任したシャポワロウ国防副大臣


また、こうした解任や辞任が、米国やEU諸国から高性能戦車を供与してもらうなかで、ゼレンスキー政権が国内だけでなく海外に対しても、クリーンのイメージを強調するためであるのは、この短い日本版でも読むことができる、ただし、次の2点についてはやはりオリジナルに当たる必要があるだろう。

「これらのスキャンダルは、これまでのウクライナ政府の腐敗に比べれば小さなものだ。そうしたかつての腐敗には、個人的な利殖のため何十億ドルも私物化されたものすらあった。とはいえ、今回もまかりまちがえば、いまの状況のなかでリーダーシップを示さなくてはならないゼレンスキーを、吹っ飛ばしかねないだろう」

「西側諸国は、自国の経済状況がよくないにもかかわらず、ウクライナに数十億ドル相当の経済支援を続けてきた。アメリカにおいては、共和党の何人かの議員たちは、ウクライナへの軍事支援をこのままのレベルで続けるべきなのかについて、公に疑問視する発言を繰り返してきた」

wsj.comより:ゼレンスキー大統領は苦渋の決断か、それとも……


実は、ウクライナという国は、かなりの昔から贈収賄が横行することで知られてきた。それは、ウクライナに支援する西側諸国にとって悩みの種であり、たとえばロシアの侵攻があった前後に供与したジャベリンやスティンガーなどが、横流しされているのではないかとの疑惑があり、アメリカ当局が調査して否定するという一幕もあった。ウクライナ出身の社会人類学者タラス・フェディルコは「『むしろ払います』:ウクライナ官僚機構における収賄と非公式的行動」で、複雑な手続きを踏むより、袖の下を払ったほうが早いし円滑に進むという現実を分析していたほどである。

また、ウクライナが西側諸国の信頼を維持したいというのも分かるが、実は、西側の外交筋や関係した政治家たちは、ウクライナ社会というものを贈収賄なしでは動かないと認識したうえで支援しているという側面もある。事実、ウォールストリート紙はアメリカがウクライナ超党派上院議員の視察団をくりだし、ゼレンスキー政権がどの程度信頼できるかについて、さまざまな調査をしていることも示唆している。昔からいわれていることだが、「最も知らなくてはならないのは、同盟国の内情である」というのは、ここでも実践されているわけだ。そして、米バイデン大統領が神経質になるのは、彼の次男によるウクライナ前政権との癒着疑惑が、すくなからず関係していることは言うまでもないことである。


1月24日朝のNHKテレビ「世界のトップニュース」では、このウクライナの解任・辞任の原因となった汚職について、フランスのテレビ報道にもとづいて、かなり詳しい汚職構造を紹介していた。それが何のことはない、単に公的な買上げのさいに2倍以上の高い価格で発注して、業者からはリベートを取ると言うもので、あまりにも単純なので呆れるほどだった。そういう単純な贈収賄が、この戦争のさなかにあっても、あまり抵抗なく通用していたということかもしれない。

こうしたウクライナの社会的状況とロシアとの激しい戦争を前提として考えると、アメリカはエイブラムスなどの高性能戦車を供与する条件として、懸念材料だったウクライナ国内の汚職高官の一掃を条件にしたという可能性もあると思われる。ゼレンスキー大統領からすれば、なにもいま汚職問題解決に乗り出さなければならないというわけではない。それはある意味で、ウクライナ社会の根深い特質なのだ。しかし、アメリカやEU諸国の政権にしてみれば、汚職まみれの政権に支援するというのは、野党からの攻撃にさらされる危険もある。前出のバイデンの次男の疑惑を払拭するためにも、バイデンは清廉なイメージの政権を求めただろう。

wsj.comより:ティモシェンコ大統領府副長官は感謝のメッセージを


ゼレンスキー大統領からすれば、今回の解任・辞任のなかで苦しかったのは、盟友であるティモシェンコ大統領府副長官の辞任だったかもしれない。ティモシェンコは辞任にあたって、ゼレンスキーを含む世話になった人びとのリストを手書きで作成して、それを手に持った映像をネット上で公開している。しかし、「いまだにティモシェンコがなぜ辞任したのかは不明である」とウォールストリート紙は書いている。腐敗はいけないことだと言うかもしれない。それは、そうだろう。しかし、代理戦争において急激な経済支援を行なえば代理国の腐敗が加速するのは、アメリカがこれまで何度も繰り返し経験してきたことなのだ。この戦争はいったい誰の戦争なのだろうか。

 

【追報】 BBCニュース電子版2月1日付は、ウクライナ政府が汚職撲滅のため、さらに国内有数のオリガルヒ、イーホル・コロモイスキーの自宅を家宅捜査したと伝えている。いうまでもなくコロモイスキーは、ゼレンスキーが同国でタレントおよび喜劇俳優として知られるようになった、ショー番組やドラマを放映したテレビ局のオーナーであった。ところが、前政権時代に銀行から巨額の資金の詐取を画策し、逮捕されそうになってイスラエルに亡命してしまった。

アメリカはすでにコロモイスキーを「要注意人物」としてアメリカ国内に入国することを禁止してきたが、ウクライナでゼレンスキー政権が成立すると、コロモイスキーはあたかも凱旋するかのようにウクライナに帰国し、ゼレンスキーとの親密な関係を内外に見せつけたものだった。今回の家宅捜査がはたしてどこまで「本気」のものなのかは不明だが、これがアメリカにさらなるハイテク武器の供与を受けるための条件となったことは容易に想像できる。

しかし、コロモイスキーに対して、もし本気で立ち向かうとすれば、ゼレンスキーのこれまでの暗黒部分が暴露・漏洩される危険があり、アメリカの要求にどこまで応じるか、また、どこまで以前の自らの疑惑を隠しとおすことができるか、きわどい綱渡りの局面にさしかかっていることは間違いない。しかも、今の状況のなかでは、アメリカのバイデン大統領の息子によるウクライナがらみの汚職についても、いっさい公表しないという条件にゼレンスキーがどこまで応じ切れるかという、かなりの難題もおそらく存在しているわけである。

バイデン大統領やEUの首脳は、そこまで考えているわけがないと思われるが、何かの拍子でゼレンスキーの旧悪暴露が生じるかもしれず、そうなれば、ロシア軍をウクライナ国内から駆逐するつもりの高性能武器要求が、ゼレンスキー自身を政治権力から排除することに結びつかないとも限らない。どこかでアメリカおよびEU側の汚職追及の要求と、ウクライナ側の高性能武器要求との、手打ちあるいは妥協が行われるというのが、もっともありえる事態だろう。