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東谷暁による「事件」に対する解釈論

戦場への新型戦車投入はすぐには不可能だ;高性能武器でウクライナが勝利という神話

いよいよウクライナ軍にドイツの最新型戦車レオパルト2が供与されることになり、さらにアメリカは高性能戦車エイブラムスもウクライナに送るようだ。それはどれくらいの効果を持つのだろうか。そして、戦車で強化したウクライナ軍が待ち受ける前線に、ロシア軍が攻勢をかけるのはいつ頃になるのだろう。

 

いま、ネット上でも新聞でも、ウクライナに提供される戦車についての話題が多い。ドイツやアメリカの高性能戦車がウクライナ軍に加われば、圧倒的な攻撃力を持つようになって、ウクライナ軍が勝利するのも近いと思わせる論評もあった。しかし、これはもう少し冷静に考えておく必要があると思われる。

英経済紙フィナンシャルタイムズ1月28日付は「この春の攻勢に対して戦車はウクライナ軍を奮い立たせるのだろうか」を掲載し、戦車の性能やこれまでの経緯について簡単なまとめをしてくれている。同紙はしばしば「ビッグ・リード」という長めの記事で、こうしたまとめをするのだが、今回のビッグ・リードはそれほど長くないが要領よく概括している。

まず、ドイツ製のレオパルト2がどれくらい優秀な戦車かについて述べているが、ウクライナ兵の訓練に携わっている専門家によれば、この新型の戦車はソビエト時代のモデルからきわめて大きなアップグレードがなされており、「それは例えていうなら、1950年代の自動車に乗っていた人が、いきなり今のポルシェに乗ったようなもの」だという。これは性能に驚嘆すると同時に、運転が困難になるという意味もある。


ウクライナのゼレンスキー大統領は、そのポルシェを少なくとも300台欲しいといっているらしい。それくらいあれば、ロシアが占領した領土を奪還できると考えているからだと思われる。300両の重戦車によってロシアの攻勢を撥ね返し、いまの戦略目標を1日でも早く達成したいところだろう。

しかし、現実はそれほど甘くない。なかなか首を縦に振らなかったドイツのショルツ首相に対し「レオパルトを自由に!」を標語にして直接間接の説得を試み、いまやそれが達成されたと思いきや、では、新式のレオパルトをすぐにウクライナ兵が乗りこなせるかといえば、まったくそうではない。

まず、そもそもドイツが送ってくれるレオパルトは14両にすぎず、他のヨーロッパ諸国からのものを加えて、第1段階で40両がやっとらしい。さらに、第2段階として、旧式のレオパルトが、ポーランドから14両が決まっている。また、スペインからも送られてくることになっているが、その中には10年ほど使われなかったものが含まれているという。


もちろん、ロシアに対して強く反発している英国が自国の戦車チャレンジャーを供与することになっているが、あれやこれやひっくるめて、いまのところ決まっている戦車の数は全体で100両くらい(後述のアメリカ戦車を含む)と見られている。では、この数で十分なのかというと、ウクライナの前防衛相アンドリー・ザコロドニックによれば「100両とか150両とかで十分なのかといえば、(ロシアを追い払うには十分でなくとも)大きな効果をあげるには十分といえる」と微妙なコメントをしている。

さて、アメリカだが、ジョー・バイデン大統領は、1月25日にエイブラムス戦車を31両、ウクライナに供与すると発表した。このときのバイデンの発言も、なかなか意味深長である。「ウクライナ人の領土を解放するため、彼らはロシアの巻き込み戦術や、これから始まる攻勢に、打ち勝たなくてはならない。彼らは戦場での駆け引きに対して能力を向上させる必要があり、また、長期的にいってもロシアの侵攻に対して、抑止および防衛の耐久力が不可欠なのである」。

 

このバイデンの複雑怪奇な演説が示唆しているように、アメリカはただちにウクライナ兵が使えるような戦車を即座に供与できるとは考えていない。エイブラムスを31両供与することは決まっていても、実際に送れる戦車を調達するのに数カ月はかかり、さらに、ウクライナ兵が戦闘に使えるようになるための訓練が何か月も必要だろう。そのためには、ウクライナにおいてアメリカの装甲部隊の長期の関与が必要になる可能性もある。「ということは、エイブラムスが2023年内に戦闘に参加することはないということになる」。

フィンランド、オランダ、ポーランド、カナダもまた、戦車をウクライナに送ると報じられている。そういう報道を聞けば、これらの国はただちにウクライナの戦場に自国の戦車を送り込むのだろうと錯覚してしまう。しかし、それはもちろん勘違いである。そうするためには、まず、戦車の乗組員たちの訓練が必要であるだけでなく、修理、メンテナンス、戦闘の補助などを担当する集団も一緒にトレーニングを積む必要がある。


ここまでは、かなり技術的なことを指摘してきたが、さらには、実際の戦いのなかで必要な知識、つまり、戦術における訓練もしっかりやらねばならない。つまり、先に述べたような最新式の戦車がもっている性能が、ロシアのT-72などの旧式の戦車に対してどのように優越性をもっているのかを十分に知り、歩兵、砲兵、空軍などとの連携をどのように行っていくかについて訓練を通じて身に着け、さらには最先端の電子機器についての使用法も学ばねばならないのだ。

もちろん、国土防衛戦争を戦っているウクライナ兵は士気も高く、また、学習意欲も強いので「ウクライナ兵はのみこみがすごく早い」という評価があるそうだ。しかし、いかに全員が必死にやっても、命を賭けた戦いのための知識を、なにかゲームでもやるように、右から左へと覚えて身に着けるということは、不可能といってよいだろう。ハイテク戦となってからは、民間軍事会社の役割が膨張しているのは隠れもない事実で、それは高い専門性とそうした分野に適性をもった人間が、大量に必要になっているからである。


もちろん、アメリカを中心とする西側諸国の武器供与が無意味だということではまったくない。しかし、性能のよい戦車が供与されるからといって、もう戦争の勝利者は決まったようなものだと考えるのは、あまりにも浅はかなのだ。フィナンシャルタイムズの記事の最後に、外交リサーチ研究所のロブ・リーが、歩兵戦闘車の供与のほうが、むしろ、これからのウクライナ戦争を左右するかもしれないと述べている。戦車のように巨大な砲を備えていないが、後方ハッチが開いて兵士を運べるし、何より素早い行動が可能だといわれる。

ソビエト時代の歩兵戦闘車からアメリカが供与するブラッドレーなどの歩兵戦闘車へのアップグレードのほうが、T-72戦車からレオパルトへの転換よりもずっと影響が大きいかもしれない。戦車そのものがこの戦争の帰趨を決めるといった話に飛びつくべきではない。もちろん、戦車の供与は大きな貢献をするだろうし、ウクライナが今年とか来年に、成功を手にする大きなチャンスを与えてくれることもあるだろう」

こうしてみると、ロシア軍にしてみれば、ウクライナ軍が最新式の戦車を十分に使えるようになる前に攻勢をかけたいところだろう。早ければ1~2カ月内には第1次攻勢が始まる可能性がある。しかし、それでロシア軍がウクライナ東部を制圧するとか、ましてやキーウを陥落させるようなところまで行くとは思えない。その次に考えられる第2次攻勢は今年の夏ころになり、前線に西側が送り込んだ最新式戦車が登場する直前ということになるだろう。このときウクライナ軍がすでに高性能の新型戦車を使いこなせるようになっていれば、ロシア軍はかなりの損害を被って撤退するだろう。その成否は時間との競争ということになる。