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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ゼレンスキーがバフムト撤退を思いとどまった理由;西側諸国からの武器弾薬の到着に賭ける

ウクライナのバフムトをめぐる戦況は、ゼレンスキー大統領が撤退を拒否したものの、緊迫した状態が続いている。ゼレンスキーがなぜバフムト防衛の継続を決めたのか。また、その決断についての軍事関係者による評価についても見ておこう。ひとことでいえば、ウクライナ政府中枢は、西側から供与される戦車などの到着まで凌げば、新たな展開が期待できると予想したわけである。


英経済紙フィナンシャルタイムズ電子版3月7日付に21時頃に掲載された「ゼレンスキー大統領はバフムト防衛に賭ける」は、深夜に配信されたビデオのなかでゼレンスキーは、「名前はいえないが、戦争を指揮しているトップ級の将軍たちと会談し、撤退ではなく強化するようにアドバイスされた」と報じている。将軍たちからのアドバイスについて触れるのは、ゼレンスキーとしては異例のことで、対立するさまざまな意見があったことを示唆している。

さらにゼレンスキーはザルツニィ総司令官に、「バフムトで戦っている兵士たちを支援するのに適切な部隊を考えてほしい」と命じたと語った。「バフムト要塞」と兵士たちが呼んでいるように、この地域での戦いはほとんど9カ月間の攻防戦になろうとしている。英国の国防相は先週木曜日にツイッターで「ウクライナのバフムト防衛は両陣営の軍隊を消耗させている」と語っていたという。


ロシア側にとってもバフムトは転換となる戦いになるだろう。ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相は、バフムトを占領すればウクライナの防衛線の内側に攻め込んでいけると、インターファックスで語っている。ショイグの見積もりでは、2月だけでウクライナの兵士の死傷者は40%増えて1万1000人になったはずだという。いっぽう、ウクライナの参謀のひとりは、「2月24日から前線で1060人のロシア兵士が殺されている」と述べているが、これはフィナンシャル紙には確認できていないらしい。

すでに前回のブログで、ヨルダンにいるロイド・オースティン米国防相が、「バフムトからの撤退が戦争全体の流れを変えることはない」と語り「もしウクライナ軍がバフムトから移動するとしても、それは作戦上のものとか戦略的後退とは思わない」と述べたことを伝えた。このコメントは西側の政府関係者や、軍事専門家たちも同意する者が多く、多くの人が「キーウ政府は来るべき攻勢のために、兵力を温存する目的で撤退することもありうる」と指摘していた。

しかし、ウクライナの高官や軍関係者は、彼らのバフムトにおける防衛戦が、ロシアの砲撃力を破壊していると言い続けてきた。ロシアの損害のほうがウクライナよりもずっと大きいというわけだ。ゼレンスキーの国家安全保障担当官オレクシィ・ダニロウは「死者数は1対7で我われが勝っている」と述べている。

 

いまだに戦線には西側諸国からの戦車は登場しておらず、最前線での弾薬の欠乏を考えれば、オースティンが示唆したような時間稼ぎを、場所を変えてやるという方法もあったはずである。しかし、ウクライナ大統領とウクライナ軍は、いまの戦意高揚を続けることが必要と考え、また、西側に支援を受けるには、撤退は悪影響をもつと判断したのだろう。これは間違いなくひとつの賭けである。

ゼレンスキーは語っている。「我われは占領者たちをいたるところで撃破している。いたるところで、我われの戦いはウクライナにとっての成果を生んでいるのだ。バフムトもまたこの戦争において最も偉大な成果のひとつをもたらしてきたし、また、もたらしつつあるのだ」。もちろん、これは事実の確認というよりは、戦時中にある指導者が戦意高揚のために語るスピーチである。現実はもう少しくすんでいて、成果とその大きさは同盟国および友好国の支援物資の到着にかかっている。