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東谷暁による「事件」に対する解釈論

米中が台湾をめぐって戦うとどうなる?;すでに具体的な訓練も始まっている

中国の習近平国家主席は台湾問題について述べ、外部勢力の干渉に言及してアメリカを批判した。それはポーズだけだと思ったらまちがいだ。すでに中国もアメリカも台湾問題で、戦闘状態に入ったさいの準備を着々と続けている。それはシミュレーションだけでなく、すでに実地訓練も行われている。

 

3月5日、全人代全国人民代表大会」で行なわれた政府活動報告のなかに、4年ぶりに台湾の「平和統一」が復活して注目された。それが閉幕のさいには「外部勢力の干渉と『台湾独立』分割活動に断固反対する」との、アメリカへの牽制が加わった。さらに習近平は「祖国の完全統一の実現は、中華民族全体の共通の願いである」とも述べた。昨年秋の共産党大会での「武力行使を決して放棄しない」とのたぐいの文言は避けたが、台湾問題について積極的な姿勢はさらに高まっているといってよい。

いっぽう、アメリカの台湾問題への取り組みも具体性を増している。今年1月9日にシンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)が発表した「戦争ゲーム」では、2026年に中国が台湾に侵攻したとして、中国軍は最終的には成功しないことになったが、台湾の空海軍はほぼ壊滅し、米軍と日本の自衛隊にも甚大な被害が生じるとの結果がでている。


それはあくまでシミュレーションだろうと思うかもしれない。しかし、英経済誌ジ・エコノミスト3月9日号では社説で「いかにして台湾戦争を避けるか」を掲げただけでなく、かなりの分量で図版つきの「台湾戦争に備えてアメリカと中国は準備を重ねている」とのレポートも掲載している。同レポートでは、前出のCSISの戦争ゲームだけでなく、台湾の国家防衛安全保障研究所やアメリカのランド研究所の研究も参考にして、中国の台湾侵攻が起こった場合の対応や、いま現実に行われている戦術の内容を紹介している。

The Economisより:中国軍が上陸するとしたら、もっとも可能性が高いのは、北の場合には金山区、南の場合には枋寮郷だという。なお、中国福建省厦門市の沖にある金門島は台湾がいまも実効支配している。


まず、中国は台湾侵攻を本当に実行できるのかという問題がある。これは繰り返し指摘されていることだが、そもそも中国人民解放軍は、いま台湾海峡をこえて侵攻するのに十分な船舶を保有していないといわれる。また、台湾に侵攻して占領下におくには30万人から100万人の兵力が必要とされる。この兵団は、水陸両用の上陸艇を備えた6大隊、2万人の兵士、さらに同じくらいの規模の海兵隊を持っていなければならない。

ところが、中国人民解放軍(以下、中国軍)の水陸両用の上陸艇では、2万人を最初の1日あるいは2日かけて、海峡を超えて台湾に上陸させることができるにすぎず、当初の計画を成功させるには。これからどれほどの上陸用のボートが確保できるかにかかっている。同様に、中国軍は開戦当初は空輸に必要な2万人のうち、半分の兵士しか運べないと思われる。そこで人民解放軍は最近、フェリーや他の民間船舶を使って海峡を輸送する訓練を始めたというのだが、こんどはそのための港湾を確保する必要が出てきた。

The Economistより:中国は第一列島線および第二列島線を設定して、対アメリカ防衛を構想している。日本列島ー沖縄ー台湾はまさに中国としては譲れない、安全保障上の防衛線ということになる。


こうした中国の準備に対して、台湾側の上陸を阻止する作戦としては、港湾や砂浜を地雷、潜水艇、さらに他の障害物などで封鎖することだ。最初の中国軍によるミサイル攻撃や艦砲射撃を生き残った航空機や海上船舶にサポートされながら、接近してくる人民軍をミサイルで攻撃し、上陸した中国軍は大砲やロケット砲で壊滅させる。中国軍の文書によれば、戦場になる海岸を取り巻くように、可燃性の液体を送るための水中パイプラインが設置されているという。また、台湾を取り囲む小島にはリモートコントロールできる機関銃が装備されているらしい。

こうした防衛線を突破して、人民軍が台北やほかの中心的な都市へと進軍するには、まだ多くの長く困難な道のりが待ち構えている。にもかかわらず、アメリカ軍が介入して侵攻する人民軍が停滞することがあっても、まだ台湾軍が有利だということにはならない。そこで必要となるのが、同盟国や友好国の支援である。

まず、日本だが、ここには数万のアメリカ軍がいるだけでなく、日本の自衛隊も控えている。フィリピン軍は強くはないが、距離的には近い。オーストラリア軍は控えめな武装しかしていない。インドがどうするかは、いまのところ見当がつかない。しかし、支援する国は、中国のミサイルや爆撃機による攻撃のリスクにさらされる。たとえば、アメリカのグアムですら、中国から3000キロあるのに、攻撃に対して脆弱である。

The Economistより:中国の軍用機およびミサイルの射程内に、東京、沖縄、台北が入っているのは当然だが、いまやすでにアメリカのグアム基地やオーストラリアのダーウィンも戦略上の想定射程距離内に入っている。


こうした中国軍が行う台湾の同盟・友好国の基地への攻撃への対策として、アメリカ軍がいま考えているのは「分散と移動」という戦術だ。つまり、飛行機やミサイルなどは集中させないで分散し、頻繁に移動させるという。「軍用ジェット機は大きな基地から分散させて、戦闘のときだけ集合させる」わけである。「空中にいるのが、いちばん安全だ」とグアムの司令官は述べている。

ジ・エコノミストのレポートには、こうした現在進行中の対策やその訓練の話が多く出てくるので、もっと紹介したいところだが、ここでは割愛して、前述の軍事シンクタンクによる米中が実際に戦った場合の台湾戦争の予想を紹介していおこう。まず、CSISの戦争ゲームだが、このゲームで注目すべきなのは、アメリカ、台湾、そして日本が中国と戦って、中国軍の補給線を切断して、3万人の中国兵を台湾の中で孤立させるというシナリオである。

このシナリオでの台湾戦争では、台湾は独立を確保することができたが、電気システムが壊滅し、さらに、基本的な公共サービスが止まってしまった。もちろん、支援したアメリカと日本の損害も大きく、航空機382機、艦船43隻、この中にはアメリカの空母2艦が含まれる。中国は飛行機155機、艦船138隻の損害である。

ランド研究所のデータでは、2016年のシミュレーションだが、経済の損失は巨大なものになるとされ、1年間の台湾戦争によって、中国のGDPは25~35%下落し、アメリカは5~10%の下落である。また、コンサルタント会社ロディウム・グループによると、世界のコンピュータ用半導体90%を生産している台湾で生じた、2022年の(現実の)世界における損害は、甚大なものとなっているとのことである。


さて、こうしたシミュレーションや現実のデータがあるにもかかわらず、アメリカと中国は本当に戦争に突入してしまうのだろうか。「中国の高官は、彼らが望むのは平和な統一であって、侵攻への具体的なプランなどないという。とはいえ、彼らは経済的威嚇や部分的な経済封鎖、あるいは(台湾が実効支配してきた)金門島の奪取などはあるかもしてないと示唆している」。では、習近平はどうか。同誌は、「習は時間がたてばたつほど、中国にとって有利になると考えている。しかし、台湾がこれまでのような『独立宣言はしないが、中国とも一緒にならない』という曖昧な姿勢を変えるようなことがあれば、侵攻という誘惑にかられるかもしれない」と述べている。

では、アメリカはどうだろうか。同レポートによれば、アメリカはロシアがウクライナ侵攻に失敗したことでホッとしているようだという。習近平もまたウクライナから学んで、台湾侵攻は失敗する可能性が高いと考えているのではないかというわけだ。しかし、アメリカもまた、台湾海峡をめぐるバランスが揺らげば、強力な戦略スキルで行動せざるを得なくなる。ただし、それには習近平が決断を躊躇するか、永遠に台湾併合をあきらめる微妙な程度に、アメリカ、同盟国、そして台湾を強くする必要があるというのである。

しかし、こうしたレポートが示唆するアメリカと同盟国の軍事的強化じたいが、中国を刺激することになるから、自分たちが強くなれば問題は解決だといえないところが難しい。社説のほうでは、いちばん危険なのは、いまアメリカと中国との間に、共通の場がなくなっていることだと指摘している。「不幸なことに、台湾をめぐるアメリカと中国との潜在的な共通のグランドが縮小していることだ。いずれにせよ、両国は危険を回避しつつ生存する道を見つけなくてはならない」。おそらく、当面、解決というものはない。共通の場を少しでも広げて、曖昧なバランスを取り続けることが解決にもっとも近いのではないのか。